境界線[上]

「学園三大美女も大変だな」
人差し指で襧豆子の頭をつつくと、笑顔が途端にしかめっ面に変わる。

「それ呼ばれるの嫌」

「美女って言われてるのに嬉しくねぇの?」

「そもそも美人じゃないし…」

「襧豆子は可愛いよ。昔から」
無一郎が襧豆子の顔をのぞき見ながら言った。簡単にこういう言葉を言えるこいつが、たまに羨ましく思う。

「そんな事………あ、賞状がある!」
照れ隠しのように襧豆子がソファから立ち上がると、リビングに置いてあるショーケースへ近寄っていった。中にある賞状やトロフィーは、将棋の大会で優勝したときにもらったものだった。その数の多さに整理しきれず、俺の分と無一郎の分がごちゃまぜに飾られてあった。

ガラスの引き戸越しに中を眺める襧豆子を後目に、空のグラスを持ってキッチンへ向かう。

無一郎がゆっくりショーケースへ近づいていくのが見えた。

「そんなにおもしろい物でもないでしょ」

「そんなことないよ!すごいね、二人とも。賞状もトロフィーもこんなにいっぱい!」

捻った蛇口から水が流れる音が響く。コップを洗いながら、静かに二人の会話を聞いていた。

「プロ棋士間近だって、中等部の頃からすごかったもんね。幼なじみとしてなんだか嬉しいよ」

「…大袈裟だってば」

「本当だよ。高等部で初めてできた友達がね、私と二人が友達なんだって知ったらみんな驚いてた。あの将棋で有名な時透ツインズと?って。それだけ注目されてるんだよ」

興奮気味に襧豆子が話を続ける。
褒めてくれているのに、なぜだろう。

胸が苦しくて、呼吸がしづらい。


「こうして見てると、すごい人と友達なんだなぁって実感しちゃうよ」

ぼんやりした頭に入ってくるのは、友達という単語だけで、襧豆子の声が遠くに聞こえた。


「本当に二人がプロ棋士になったら、友達インタビューとかされちゃうのかなぁ。幼なじみだし、可能性あるよね。二人の子どもの頃とか聞かれそうじゃない?」

襧豆子の口からこぼれる何気ない言葉も。あどけなく笑うその声すらも。ぐさぐさと切りつけてくるナイフのようだった。小さな切り傷だって、その数が多ければ多いほど大きな切り傷に変わる。

「友達…」
二人に聞こえないよう静かにつぶやく。
自身で口にしてみても、やはり辛いものだった。
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