境界線[上]

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「はい、消毒できたよ」

「ありがとう」
腕を曲げたり伸ばしたりして、襧豆子が感覚を確かめていた。あの後すぐに解放された俺たちは、襧豆子を連れて家に戻ってきた。彼女の腕の擦り傷に、いち早く気づいたのは無一郎だった。手当てのためにといささか強引に連れてきたが、リビングのソファに襧豆子が座っている光景を久しぶりに見た気がする。

中等部の頃までは、兄の炭治郎や友人と一緒に、よくお互いの家を行き来して遊んでいたが、いつしか回数は減り、ほぼ会うのは学園内だけになっていたからだ。


「今日は災難だったね、襧豆子」

「う、うん…まぁでも結果的には何もされなかったわけだし…わぁっ!」麦茶の入ったグラスを襧豆子の頬に当ててやる。カランとグラスの中で氷が動いた。

「お人好しも度を越すとただの馬鹿だぞ」

「…ごめんなさい、ありがとう」
受けとる襧豆子の隣に座ると、三人分の重みでさらにソファが沈んだ。

「来るまで待ってるって言われたから、本当に来るまで待ってるのかと思ったら落ちつかなくなって…」

「…そんなわけないだろ」

「わざわざ台本まで考えて用意したらしいよ。人の善意につけ込んだ台詞だね」

「謝ってくれたしもういいよ。二人も本当にありがとう。来てくれて嬉しかった」

襧豆子がはにかみながら礼を言った。無事でよかったと、その台詞は先に無一郎に言われてしまった。

「襧豆子が無事でよかった」

「…べつに」
自分はいつも通りそっけない言葉しか出てこない。今日の出来事で、襧豆子に寄ってくる男たちは幾分か減るかもしれない。それでも、襧豆子は人を疑うことを知らないようなやつだ。この先また、似たようなことが起こらないとは限らない。

襧豆子のことを本気で好きだと現れる奴だって、いつか現れるのだろう。それを考えるだけで、胸の芯が焼け焦げそうだった。
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