境界線[上]

俯いたまま動けないでいると、両肩にやわらかい感触を感じる。支えるように上半身を起こしてくれたのは、誰かの手だと気づいた。その誰かがわかると、痛みがゆっくり和らいでいって、強ばった体から力が抜けていく。

「………有一郎くん」

「…変なのに巻き込まれてるな、襧豆子」

ため息混じりに、そうつぶやく有一郎くんがいた。そして、前からすぐに悲鳴が上がる。誰がそこにいるかなんて、わかりきっていた。

「ねぇ。スマホって本気で投げたらどこまで飛ぶと思う?」

二台のスマホを片手に持っている無一郎くんを見て、大騒ぎしている男の子たち。返せと伸ばされる腕四本を、無一郎くんは軽快にかわしていた。

「…二人とも、なんでここに?」

「あの人が教えてくれた」
指を指す方向を見ると、メガネをかけた小柄な男の子が、息を切らして立っていた。

今日は知らない男の子によく出会う日だ。倉田さんの名を呼びながら近づいてくる姿から察するに、この二人は友人なのだと思う。

「無一郎。撮影とか言ってたな。そいつらのスマホのデータ全部消去だ」

「まどろっこしいよ兄さん。データごと全部粉々に壊しちゃおうよ。ついでにこいつらも」

無一郎くんがニヤリと笑って言った。
彼らの怒鳴り声が悲鳴に変わる。校庭まで聞こえていそうな悲鳴は、静かな校舎が吸い込んでいった。
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