あの日のヒーロー

「…ねぇ兄さん、なんか暗くない?」
空を見上げながら無一郎が言った。黒い雲が空の半分を占めている。見覚えのある空だ。以前、こんな空のときに母さんが言っていた気がする。

『夏の夕方、こんな空になると要注意よ。雨が降るの』

慌てて洗濯物を取り込んでいた姿がよぎる。

突然大雨が降って、すぐに降り止むこと。母さんが少し得意げに教えてくれた。何だったっけ。

なんとかゴウウ。
カメラ?ゴジラ?

そうだ、ゴジラゴウウ。
確かそんな名前だったはず。
いや、そんなこと今はどうでもいい。

「無一郎、雨降るかも。急いで帰ろう」

「う、うん」
袋に入ったパンを気にしつつ、無一郎が慌てた様子で追いかけてきた。駆け出してすぐ、同じ背丈ぐらいの女の子とすれ違う。丸いおでことピンクのりぼんが一瞬目に入った。

途端、後ろで小さな叫び声が聞こえた。
一人は無一郎の声。もう一人は、女の子の声だった。

「ご、ごめんなさい!」
走りながら振り向くと、先ほどの女の子がきょとんとした顔で立ち止まっていて、無一郎はそんな女の子を向き直りながらついてきていた。状況を察するに、肩でもぶつかったんだろうか。

「何してんだよ」

「ぶつかっちゃって…」

「気をつけろよ」
咎めながら、前に向き直って走りだす。

雨の匂いが濃くなってきていた。
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