境界線[上]

学園へ向かう道のりで、浴衣姿の女の子とすれ違った。今日催されてる夏祭りに行っていたのだろう。隣にいるのは母親だろうか、仲良く手を繋いで歩いていた。指に引っ掛けた輪ゴムの先で、水風船がゆらゆらと揺れている。手のひらで頑張ってつこうとしているけれど、水風船はイタズラに女の子の手のひらを避けていった。楽しそうな雰囲気の様子に、少しだけ緊張がほぐれる。


夏休み中の学園は怖いぐらい静かだった。

敷地内に入っても誰一人とすれ違うことはなかった。運動部は休みなのか、はたまた練習がもう終わったのか、威勢のいい掛け声も今日は聞こえない。

一階職員室の方にだけかすかに人の気配を感じる。きっと何人かの先生は夏休み中でも出勤しているはずだ。それでも静かであることに変わりはない。生徒のいない学園を改めて見上げると、まるで得体の知れない生き物のように見えてくる。ただそこにいて、静かに通りがかる人間を見下ろしているだけ。夏なのに軽い寒気を覚えた。帰りたい気持ちをさらに強くさせる。


でも…。
『来てくれるまで待ってます!』

そう言い残して逃げるように去っていった、倉田さんの行方が気にかかる。本当に来るまで待っているのだろうか。夜になっても?朝になっても?そんなわけはないと頭では理解していた。でも、もし自分が行かなかったせいで…なんて事があれば。そう考えると、あまりにも後味が悪い。

壁を沿うようにして、校舎裏へ向かう。用務員さんが手入れしてくれている木々がいくつか植えられており、地面には木漏れ日の絨毯ができていた。校舎の角を曲がると、ぽつんと佇んでいる倉田さんの姿を見つけた。

自分の存在に気づくと、自宅に訪れたときと同じ表情を浮かべる。

もしかして、本当は来てはいけなかったのだろうか。そう思わざるを得ない反応。

まるで、
誰も来ないことを望んでいたような───。
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