あの日のヒーロー

竈門ベーカリーの前に着くと、パンの甘い匂いが漂ってきた。扉を開けるとさらに匂いが濃くなって、クーラーの冷気と一緒に開放感に包まれる。

いつも店の前を通るたび、パンを選んでいるお客さんの姿がガラス越しに見えていた。 けど今は、レジのところに女の店員さんが一人いるだけだった。

「いらっしゃいませ」
柔らかい声音に、肩の力が少しだけ和らぐ。

店内のパンはだいぶ売り切れていて、幸いなことにあんパンとジャムパンは一つずつ残っていたから、その二つを選んだ。無一郎が持つトレーに、そっとトングで掴んだパンを乗せていく。

無事に会計も済ますことができた。

「二人だけで来たの?」
袋に入れられたパンを受け取る際、店員さんに聞かれた。無一郎と頷く。

「えらいねぇ」
笑顔でそう言われてこそばゆくなった。何と答えたらいいかわからず、お辞儀をしていそいそと店内を出た。扉を開けると、すぐに外気がむわっと顔にかかる。あっという間に全身を熱気が覆い、乾いていた汗が、すぐにまた吹きでてきそうだ。
4/15ページ
スキ