好きな子

───。
────。
─────。


保健室の窓からグラウンドは見えない。
珠代先生に冷えピタをもらった後、またすぐ用事があると席を外してしまった。今日は高等部の方と掛け持ちになっているから、あちらでも怪我人や病人がでたのかもしれない。

少しでも外の様子を知りたくて、廊下の窓ならと保健室の扉に手をかける。

何となく誰もいない保健室を振り返ると、椅子の下に小さな紙切れを見つけた。小さく正方形に折られた白い紙。


「………?」
こんな紙、いつからあっただろう。拾いあげて折りたたまれた紙を広げていく。折り目をすべて戻した紙面には、ただマジックで一言"好きな子"とだけ書かれてあった。

「好きな子…?」

好きな子?
ありえないひとつの推測が頭に浮かびあがった。胸がゆっくりと波打ちだして、そんなわけないと思おうとしても、この紙の持ち主の心当たりはふたつしかない。見覚えのある借り物競争の紙。有一郎くんと無一郎くん、それぞれが引き当てた紙。

痛くて熱い胸の高鳴りは、熱のせいだけじゃない。この行き場ない感情を表せなくて、落ちつかない手で口元を抑えた。


ここにいたのは、珠代先生と私。
借り物競争に出ていたのは、有一郎くんと無一郎くん。

これを落としたのが、二人のどちらかだとしたら。
二人のどちらかが、これを持っていたのなら。

これを持って私の所へ来たの?
有一郎くんか、無一郎くんが───。

「………………っ!」

"好きな子"

無機質なたった一言の文字が。
射抜くように私の中に入ってくる。


グラウンドから、一際大きく響く歓声が聞こえた。

長く鳴らされる笛の音が、誰かのゴールを告げる。
21/21ページ
スキ