好きな子

「遅い!」
入場門へ向かうと、腕組みをした兄が顔をしかめながら立っていた。僕に気づくと、つかつかと歩み寄ってくる。

「お前!竹内は別に呼んでないって言ってたぞ!騙したな!?嘘ついたな!?」

「あ、バレちゃった?」

「バレるわ!意味わからん嘘つきやがって!」
怒り形相の兄の顔は見慣れてるから、別に怖いとも何とも思わない。集合の号令がかかって、まだ怒り足りない様子の兄の後ろへと並ぶ。

「全くお前は…」
リレーが始まっても、隣でいまだにぶつぶつと言っている。先ほど保健室にいた人物と、同一人物に思えないほどだ。何かに押し出されるように、自然とこぼれていた。

「兄さんってさ…」
「あ?」

「襧豆子のこと好きなんだよね?」
生徒たちの熱気や歓声が、切り取られたように遠く離れていく。一瞬の静寂に包まれた。まるでここには自分と兄さんしかいない世界のように。兄さんの驚く表情が見えて、息を呑む音だけがはっきりと聞こえる。








「だったら何だよ」

静かに放たれた言葉は、思っていた以上に重かった。けど、なぜだろう。どこかすっきりした気持ちもあった。

それならばと。

「………わかった。いいよ」

「いいよって何がだよ」
後ろを振り向くと、チームメイトが走ってくる姿が見えた。そのすぐ後ろには、銀杏組の生徒が必死で追いかけてきている。




「受けてたつ」
バトンを受けとり、風を切った。

正面を向いてすぐ、兄さんへも銀杏組のバトンが渡される。


「───上等」
歓声でかき消されそうな、それでいて決意を秘めたような声は、きっと僕にしか聞こえていない。
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