好きな子

兄さんが出て行った後、襧豆子をベッドへ促した。すぐに無理をする彼女の性格を、僕は知っているつもりだ。今にも襧豆子は、もう大丈夫だと言って競技へ戻っていきそう。そんなふうに言う僕へ、それはないよと彼女が笑った。

ベッドの縁へ腰掛けると、ギシッと音を立てた。開いた窓からゆるやかな風が入ってきて、体育祭の熱気も一緒に運んできた。誰かが、誰かを応援する声が聞こえる。


襧豆子の長い髪と一緒に、おでこに巻かれたはちまきも揺らめく。上半身を起こし座っている襧豆子が、はちまきを取りながら言った。

「無一郎くんもありがとう。リレー頑張って」

「ねぇ、襧豆子…」
そろそろ戻るように言おうとしたんだろう。まだ頬が赤い襧豆子が、きょとんとした顔で見つめてくる。

「………さっき兄さんにしてたこと。僕にもやってよ」

「…してたこと?二人三脚のこと?」

「ちがう。兄さんの頭撫でてた」

「!?あの時!?撫でてないよ!たんこぶが出来てないか、確認してただけ…」

「…うん。それでも…」
見つめると、戸惑っていた襧豆子が押し黙った。僕自身、どんな顔をしていたかわからない。困惑させてることもわかっていた。

それでも───。

「お願い」
襧豆子の顔をのぞきこみながら言った。僕のこんな性格を、襧豆子だってよく知っているはず。一度言ったら聞かないんだ。襧豆子に関することだけは、特に。
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