好きな子

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薬品の匂いが充満する保健室は、嫌いじゃない。手当てを終えた二人へ、珠代先生が優しくほほえんだ。中等部の養護教諭の先生が今日は休みだったため、代理で来てくれていたらしい。

こうして珠代先生を間近で見ると、銀杏組の応援旗は本当によく描けているなと感心してしまう。つい凝視していると、どうかしたの?と先生が小首をかしげた。

「「「いえ、なんでも…」」」

三人の声がきれいに重なる。




保健室の冷えピタが切れていることに気づいた珠代先生が、高等部へと一度戻って行った。

「あなた達も、はやく競技に戻りなさいね」
言い残し、珠代先生が去った後に兄へ告げる。

「兄さん」
「ん?俺たちも戻るぞ」

「竹内が呼んでたよ。悪いけど、手当てがすんだら早めに戻ってきてほしいって」
「…なんの用事で?」

「知らない。けど、すぐ戻った方がいいよ」
「…お前は?」

「珠代先生が戻ってきたら戻る」
「いや、お前も一緒に…」

「竹内が待ってるよ」
グッと兄が言葉を呑み込むのがわかった。借り物競争で結構ボロカスに言っちゃったから、竹内に対する罪悪感があるだろう。口調はキツいけど、何だかんだ兄は優しい人だ。そして僕よりも真面目な人だった。

「…わかった。リレーまでには戻れよ!」

「はいはい」

「有一郎くん!あの…本当にごめん…!」
出て行こうとする兄さんに襧豆子が近づく。その光景だけで、心中穏やかでなくなってくる。

「大丈夫だって。いいから襧豆子は寝てろ」

「うん…リレー頑張ってね。本当にありがとう」

「へいへい」
そう言って、笑いながら襧豆子の頭を撫でる。あれは無意識でしてるんだろうな。子どもの頃からそうだ。普段しかめっ面の兄さんがあんな笑顔を見せるのは、ずっとただ一人だけ。
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