あの日のヒーロー

夏は日が長い。
夕方になっても、昼間とさほど変わらない暑さと景色。まるで大きなビルのように、青い空へそびえ立つ入道雲。あの雲へ向かうように、無一郎と縦並びで歩いていく。

暑さを増幅させてるかのような蝉の鳴き声が煩わしくて、自然と眉をしかめた。以前、蝉におしっこをかけられたことのある無一郎は、蝉が鳴いているらしき木を見つけると、途端に小走りになっていた。

後ろにいた弟に追い抜かれる。

振り向きながら言った。
「母さんの好きなパンって、あんパンだったよね?」

「前ジャムパンも食べてたぞ。あとメロンパン」

「カレーパンも!」

「………………」

「「カレーはやめとくか(やめとこう)」」
さすがに今の状態でカレーは厳しいだろう。そもそもしんどいときにパンというのも、いまだに俺は疑問だが。今日じゃなくても、明日には食べれるかもしれないしな…といささか強引に自身を納得させていた。

一口でも食べてもらえたらいい。
二人で買いに行ったなんて聞いたら、びっくりするかもしれない。母さんの笑顔を想像すると、足どりが軽くなっていく。

「母さん驚くかなー!二人で買いに行ったって聞いたら!」無一郎も同じことを考えていたようで、弾んだ声で聞いてきた。

「びっくりするよ。絶対!」

気づけば二人で走りだしていた。
服に張りつく汗も、蝉の鳴き声も、もう気にならなかった。
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