好きな子

*錆兎side*

「「襧豆子!!!来て(くれ)!!!」」
土を踏みしめる音。小さく砂煙が上がる。
二人のシルエットがはっきりしてくるのを眺めているうちに、あっという間に有一郎と無一郎がテントの前に現れる。

二人の剣幕と焦る声に押され、襧豆子が飛ぶように立ち上がった。

「はいっ!」

「え、二人とも襧豆子ちゃんなの?」
真菰の言葉に、確かにそういえばと思い直す。

「二人とも、借り物なに「「俺が(僕が)最初に声かけたんだよ」」

借り物であるはずの襧豆子の言葉を、同じ顔の二人がきれいに遮った。空に流れる急かすような音楽が、試合開始の音楽に切り替わった気がした。


「あの「絶対に俺のが早かった」

「まっ「どう見たって僕のが早かった」

「ちょっ「「いい加減にしろよな(してよ)」」
聞く耳を持たないとはまさにこの事だなと思った。間に挟まれた襧豆子はどうしたらいいかわからず、オロオロと二人を交互に見ている。

「いい加減にしろは襧豆子のセリフだと思う」
つぶやくと、周りの友人たちが一斉に深く頷いた。


「借り物なんだよ?内容によっちゃ俺が出るよ」お人好しの竹内が助け舟を出した。二人の言い争いが、本当に一瞬だけ止まった。

「…ほら、竹内が出てくれるってよ」

「よかったね。兄さんが竹内を連れて行きなよ」

「なんで俺が」

「僕は襧豆子がいい」

「竹内が可哀想だろ」

「そう思うなら兄さんが連れて行きなってば」

「お前が竹内で我慢しろ」

「やだよ、押し付けないでよ」



「ねぇこれ泣いていいよね」
「下手に飛び込んで行くからだ。バカめ」
擦り寄ってくる竹内を愈史郎が鬱陶しそうに振り払っている。触らぬ神に祟りなしの見本を見た気がした。だが、祟りを怖がってる場合でもない。

「借り物が女子とかだったら、真菰だっていけるはずだろ。真菰!」隣で写真を撮り続けている真菰に向かって叫んだ。真菰は目の前の大スクープから、シャッターチャンスを待っているカメラマンのようだった。カメラのファインダーから目を離さずに叫び返す。

「やだよ!」
「はぁっ!?」
「見てる方がおもしろい!」
「正直だなぁ!?」

「わ、わ、わ、もう他の皆さんゴールに向かってますよ!」慌てふためく千寿郎の声にハッとする。借り物を手にした生徒が数人。借り物に当てはまるんであろう人と、手を繋いでゴールに向かっていく生徒が数人、確認できた。
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