好きな子

「あれ?時透さん達は?」

「今から借り物競争に出るの」
「一緒に応援しよう」

「はい!」

「お前は後の種目、何に出るんだ?」
「僕は玉入れと、綱引きです」
「なんだ、合同リレー出ないのか?」
「ぼ、僕がリレーの選手なんてとても…」

千寿郎くんの遠慮がちな声を遮るように、ピッ!と引き締まる笛の音が鳴る。グラウンドに視線をうつすと、一斉に走り出す中等部の生徒たち。長い黒髪を一つに束ね、集団から大きく差をつけて走っているのは、有一郎くんと無一郎くんだった。

「始まった!」
すぐさま真菰ちゃんがカメラを構える。

「やっぱりはえーな、あの二人」
後ろから感嘆の声が上がる。
いつの間にか銀杏組の竹内くんと愈史郎くんが座っていた。

「醜女たちがぎゃーぎゃーとやかましい」
「あの二人が出てるんじゃ仕方ないだろ」

「すごいなぁ…僕もあんなふうに走れたら…」

「一位と二位はあの二人になるかな」
「まだわかんないよ。簡単な借り物ならいいけど、変わった借り物なら…」


ぼんやりとみんなの会話を聞きながら、風を切るように走っている二人を見ていた。

子どもの頃の記憶と重なる。三人で遊ぶとき、よく一緒に追いかけっこをしていた。三人とも髪が長いから、風を受けた黒髪が、まるで鯉のぼりみたいに泳いでて、汗でよく張りついていた。

あの頃は、歩幅を合わせるように三人同じぐらいのスピードだったのに。

どんどんと二人との差が開いていって、いつの間にか置いてけぼりをくらったように。いつしか二人の背中しか見えなくなってしまった。

二人の名を呼ぶ声が各クラスから上がる。頭の中でくぐもって聞こえる歓声に、少しだけ目眩がした。


「あっ!」
真菰ちゃんの声でふと我に返る。
有一郎くんと無一郎くんが、借り物の紙を見つめていた。

「なんだろうね」

「簡単なのだったらいいですね」

「竹刀って書いてたらこれを貸せるんだが」

「なんで体育祭で竹刀持ってんだよ…」

二人が紙からゆっくりと視線を外す。同じ顔で、同じ瞳で、まっすぐと私たちがいるテントを見ている。瞬間、目が合った気がした。

二人がこちらに向かって駆けてくる───。
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