好きな子

「…なんだよ。無一郎」

「兄さんこそ何してるの」
襧豆子は今、無一郎の右肩に頭を預けていた。いまだに肩を掴んでいる無一郎の手を見ると、なぜだか無性に苛ついてくる。

「頭ぶつけないように支えようとしただけだよ」

「そう。いいよ、このまま僕の肩を貸すから」

「無理すんな。いいから離せよ」

「無理なんかしてない。兄さんこそ離しなよ」

がたん。またバスが揺れた。


「お前寝てたんじゃないのかよ」

「もう起きた」
自身の手が、襧豆子の肩と無一郎の肩に挟まれている。

「襧豆子が起きちゃうだろ」
肩を掴む手に力を込める。

「そうだね。兄さんのせいで」
反対の肩を掴む無一郎の手にも力が込もる。

「なんで俺のせいになるんだよ」

「いいから早く離して」

「お前が離せよ」

「やだ」
基本的にはいつもぼんやりしている無一郎だが、襧豆子が関わると別だ。ガキみたいにもなるし、独占欲がむき出しの男にもなる。

本当に厄介だ。

お揃いの服を着せられ、お揃いの靴を履かされ、お揃いのカバンを持たされるわで、子どもの頃からずっとそうだったから、今さらお揃いに関してどうこう言わないけど。

好きな女までお揃いなのは勘弁してほしい。



「そっち頭にしたら寝づらそうじゃね?こっちのが落ちついてた」

「どこが。十分僕の肩で落ちついてるじゃん」

「お前が無理やり押さえてんだろ」

「兄さんの手こそ邪魔なんだけど」
左右でこれだけ言い合っているのに、話の中心人物はまだ気持ち良さそうに眠っている。


次に降りる場所を車内アナウンスが告げた。瞬間、項垂れていた襧豆子の頭がびくりと起き上がる。

「えっ、今どこ!?」

「「わぁぁああああ!!!」」
自然と両手が上がって離れようとしたら、勢いがつきすぎて後頭部が思いきり窓にぶつかる。鈍い音と共に痛みが走った。後頭部を抑えながら無一郎を見ると、同じように後頭部を抑えて椅子から落ちていた。

「…?二人ともどうし「「なんでもない!!!」」

「大丈…「「大丈夫!!!」」
気恥ずかしさを隠したくて自然と声が大きくなる。俺と無一郎の声がきれいにハモった。

車内ではお静かにお願いします。
震えたアナウンスの声が続いて響いた。その声音は明らかに笑いを堪えていた。
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