あの日のヒーロー

 無一郎と二人でパンを買ってくる。
 そう父さんに話すと、赤い瞳が大きく丸を描く。子どもだけでなんて危ないと、反対されるかと思った。
 けれど、いそいそと動きだした父さんが持ってきたのは、色違いのウエストポーチと麦わら帽子が二つ。加えてハンカチが二枚、カエルのがま口財布に、防犯ブザー。誰がどれを持つかと話になったとき、無一郎が手を伸ばす前に急いで財布をもぎ取った。
 こいつに財布なんて持たせたらどうなることか。考えるだけで冷や汗が出る。お金は自分たちの小遣いから出すと断わると、父さんは目を潤ませていた。
 家から竈門ベーカリーまでは、さほど遠い距離ではない。真っ直ぐ一本道を歩いて、電柱のある角を右へ曲がるだけだから、複雑な道順でもなかった。電柱には交通安全と描かれたポスターが張られていて、ランドセルを背負った男の子のイラストが目印。
 頭の中で道順を整理してみる。
 ………うん、大丈夫だ。
「車に気をつけるんだぞ」
 父さんの言葉を背中で受けながら歩きだす。まだ手を振っている無一郎に、ちゃんと前を見て歩くように咎めた。
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