好きな子

再び応援旗の方角に目を向け、銀杏組の旗を…探す前にすぐにわかった。むしろ向こうから主張をしてくれてるように、明らかに他の旗より目立っている。

風で揺らめいている旗に、鮮やかな彩りで写しだされた綺麗な女の人。ものすごく見覚えのある女の人。


「あれって…」

「どう見ても…」

「珠代先生だな」
私と真菰ちゃん、錆兎くんが順繰りにつぶやく。眉間に皺を寄せて、頭を押さえた有一郎くんが言った。

「絵が上手いからって愈史郎に応援旗を頼んだのが間違いだった…」

「描いた人も一発で分かるね」

「みんなで止めたんだぞ!なんで体育祭の応援旗が珠代先生なんだよって!でも『珠代先生こそ勝利のビーナス!!』って言って全然譲らないんだよあいつ!」

捲し立てる有一郎くんの言葉で、その光景は頭の中にたやすく浮かび上がってきた。クラスメイト全員からの抗議を一刀両断していく愈史郎くんの姿を。

「色塗るのだってそうだよ…珠代先生の髪の艶はもっとこうだとか、瞳の美しさはそんなもんじゃないとか、すっげー指示がうるせぇの…」

「確かにすごい綺麗だね…」

「うん、なんか銀杏組のだけプロが描いたみたい」

「まぁわかりやすくていいんじゃないか…」

とりあえずのフォローを送りつつ、銀杏組の疲労を心の中で労る。たぶん真菰ちゃんと錆兎くんも同じことを思っただろう。

一文字『滅』とだけ描かれた応援旗。クラスみんなの手形と様々な色を使って、手のひらを押しつけながら描いていった里芋組の応援旗。物騒だなとクラスで盛り上がっていたものの、珠代先生もとい勝利のビーナスの隣にいては、その存在は霞んで見えた。
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