あの日のヒーロー

───いつの日か言っていた。
まだランドセルを背負っていたときだ。

襧豆子を守れるような男になりたい。
涙声で話す無一郎に、それならまず泣き虫を直せよってアドバイスしてやったんだ。

道で転んだり、ちょっとキツイことを言われるだけですぐ泣いてた弟は、あの日から本当に泣くのをやめた。自信のなさが現れていた猫背も、いつの間にか直っていた。

勉強も運動も得意なくせに、好きな女のことになると途端に不器用になる弟。あの日から、変わっているのか変わっていないのかよくわからない。


でも、多分。
きっと襧豆子も───。


胸の奥底で鈍い痛みが起こる。

気づかなくていい。
出てくるな。何も見るな。


深い奥底で。

そのまま眠ってろ。


そっと蓋をして閉じた。



「玄弥!今日一緒に竈門ベーカリー行くか?」

「いいですね!パン食べたくなりました!」

屋上を目指して階段を駆け上がる。

後で無一郎も追いかけてくるだろう。ばかみたいな笑顔で報告してくるんだろう。

想像すると、自然と笑みがこぼれた。


重い鉄の扉を開けると、大きくそびえ立つ入道雲。

もうすぐだ。
君と出会ったあの夏が、またやってくる。
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