夏の誘惑
「見てねーよ…!見るわけないだろ」
「ふーん…ならいいけど」
あの後。水着を見つけて戻ってきた兄と合流し、僕と襧豆子の周りから緊張した雰囲気が消えた。心配して探しに来てくれた錆兎と真菰には、海に浸かって待っていればよかったんじゃないかと無事に冷やかされた。そうすれば抱き合う必要もなかっただろうと正論を問われるも、そっぽを向くしかできなかった。
着替え室にいる襧豆子を待ってる間、真菰が僕の隣でこっそりとこぼす。
『本当は抱きしめたかったんだよね』
言い返せずにいたのは、決して本音をつかれたわけじゃない。たしかに小さくてやわらかくて、ずっと抱きしめていたい衝動はあったけど。表情には出さなかったはず。
「…というか、俺が通らなかったらどうしてたんだよ。あの状況」
「………どうしてたんだろう」
本当にどうしてたんだろう。
思わず飛び出た本音も、不器用な照れ隠しも。
「………はぁ」
脳裏から追い出そうとしても離れない光景が、再びよぎる。太陽の下にさらされる白い肌と、二つの膨らみ。ふっくらと丸い形を作ったその先端には、小さなさくらんぼがちょんと乗っているように見えた。ピンク色したそれを思い浮かべ、火がついたように体が熱を帯び出す。
「なに手なんてジッと見てんだよ」
自分の片手に収まるだろうか、なんて思考は、体にも伝わっていたらしい。やわらかい感触など訪れるわけなく、空気を掴む。手を開いて閉じると、またすぐに手を開いて閉じた。
兄の訝しげな問いには返事をせず、襧豆子の座る窓際へ視線を戻す。まだ窓からは海が見えていた。海面に散らばる太陽の粒は白から朱色に変わっており、景色が流れるたびに遠ざかっていく。夏が離れていく感覚に寂しさを覚えつつ、新学期には毎日会えることを思い出した。
『本当は抱きしめたかったんだよね』
友人のからかい声が脳に響いて、自分の髪をくしゃりと掴む。来年の夏は、口実なんかなくたって───。
穏やかに眠る襧豆子の肩には、ほのかな水着の跡がついていた。
「ふーん…ならいいけど」
あの後。水着を見つけて戻ってきた兄と合流し、僕と襧豆子の周りから緊張した雰囲気が消えた。心配して探しに来てくれた錆兎と真菰には、海に浸かって待っていればよかったんじゃないかと無事に冷やかされた。そうすれば抱き合う必要もなかっただろうと正論を問われるも、そっぽを向くしかできなかった。
着替え室にいる襧豆子を待ってる間、真菰が僕の隣でこっそりとこぼす。
『本当は抱きしめたかったんだよね』
言い返せずにいたのは、決して本音をつかれたわけじゃない。たしかに小さくてやわらかくて、ずっと抱きしめていたい衝動はあったけど。表情には出さなかったはず。
「…というか、俺が通らなかったらどうしてたんだよ。あの状況」
「………どうしてたんだろう」
本当にどうしてたんだろう。
思わず飛び出た本音も、不器用な照れ隠しも。
「………はぁ」
脳裏から追い出そうとしても離れない光景が、再びよぎる。太陽の下にさらされる白い肌と、二つの膨らみ。ふっくらと丸い形を作ったその先端には、小さなさくらんぼがちょんと乗っているように見えた。ピンク色したそれを思い浮かべ、火がついたように体が熱を帯び出す。
「なに手なんてジッと見てんだよ」
自分の片手に収まるだろうか、なんて思考は、体にも伝わっていたらしい。やわらかい感触など訪れるわけなく、空気を掴む。手を開いて閉じると、またすぐに手を開いて閉じた。
兄の訝しげな問いには返事をせず、襧豆子の座る窓際へ視線を戻す。まだ窓からは海が見えていた。海面に散らばる太陽の粒は白から朱色に変わっており、景色が流れるたびに遠ざかっていく。夏が離れていく感覚に寂しさを覚えつつ、新学期には毎日会えることを思い出した。
『本当は抱きしめたかったんだよね』
友人のからかい声が脳に響いて、自分の髪をくしゃりと掴む。来年の夏は、口実なんかなくたって───。
穏やかに眠る襧豆子の肩には、ほのかな水着の跡がついていた。
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