夏の誘惑

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広いカーブをゆっくりと大きく曲がる。夕焼けの朱色が、車窓を通して斜めに降り注いでくる。ほぼ満員となったバスの中は、そのほとんどが同じ海水浴場にいた者たちばかりだった。海にいた名残りか、膨らんだままの浮き輪を肩にかけている客がいる。砂浜で拾ったであろう貝殻を、嬉しそうに両親へ見せる子どもの声が、前方の席から聞こえた。

停留所の最前列を抑えたおかげで、僕たちは一番後ろの席に座ることができた。バスの揺れに眠気を誘われ、だんだんと車内が静かになっていく。バスが信号で停車すると、排気音が下から大きく響いてきた。

「…無一郎」
右隣に座る兄さんが、周りに遠慮するような小声で呼んだ。兄さんの隣で眠っている錆兎や真菰、そして僕の左隣では襧豆子が寝息を立てていた。

「なに?」
「おまえは寝ないのか?」

「眠くないし平気。兄さんは?」
「全員寝るのはまずいし、一応起きてる」

「眠いなら寝ていいよ。僕が起きてるから」
「襧豆子は?」「寝てる」

窓辺に体を預け、眠る彼女をちらりと見る。結んでいた髪を下ろし、肩出しデザインの服からは、少し日に焼けた肌が見えた。

「………兄さん。確認しときたいんだけど」
「ん?」

「襧豆子の胸、見たりしてないよね?」
「!?………ッ!」
叫びそうになった兄に向かって、静かにと人差し指を立てる。有一郎はみんなの寝息をしっかりと確認した後、声のボリュームを落として言った。
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