夏の誘惑

「本当に平気?溺れない?」
「…練習したもん」

「手は離さないからね」
「…ありがとう」

だから潜ろうと思えたんだけど。スっと息を吸い込み、口を固く結ぶ。肩から頭に向かって沈みこませると、音のくぐもる水の世界に変わった。上昇していく泡粒をゴーグル越しに眺めた後、下をのぞく。それから右に左。離れたところに海水客の足だけが見えて、それがおもしろい。海の生き物になった気分で眺めていると、ふいに何かの気配を感じた。波に運ばれてる途中ともいえるぐらいのスピードで、顔のすぐ隣を透明な傘が通る。傘の中の四つ葉のクローバーを、今はきれいだと思えない。それよりも恐怖心が上回って、口に含んでいた空気を一気に海中へ吐きだした。


「きゃぁああ!!」
急いで外に顔を出し、ゴーグルを外す。離れようとする私の手を、無一郎くんが何事かと引き寄せた。

「わぁっ!なになに、どうしたの!?」
「く…クラゲ!クラゲ!」

「クラゲ?」
「クラゲって毒あるんでしょ!?は、離れなきゃ!」自分のすぐ後ろで、海に浮かぶクラゲを確認する。必死でバタ足をしているのに全く動けないのは、勝手は許さないという無一郎くんの筋肉質な腕だった。

「襧豆子落ちついて!あれミズクラゲだよ。毒の強いクラゲじゃないから、慌てなくても大丈夫!」

「え…え?そうなの?…本当?」
後ろを振り返り、もう一度海面でクラゲを探す。波に漂っていってしまったのか、私の騒ぎに向こうから離れていったのか、姿はもう見えない。
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