プレゼント

疲れた体をベッドに放り投げ、外の熱気から守ってくれるクーラーの冷気に身を委ねる。耳元で彼女の弾んだ声がした。

「もう少しで誕生日だね」
そう言われベッド脇の置時計を見ると、時刻は夜の十一時三十分を指していた。あと三十分もすれば、八月八日を迎える。顔を見えずとも、電話の向こうの彼女は笑顔を浮かべている気がした。誕生日が夏休み真っ只中にあるのは、大学に入っても当たり前に変わることがない。誕生日に友だちに会えないだなんて、小学生の頃は兄と嘆いたものだった。蝉すら鳴く元気のない外を出歩いていると、夏休みの必要性を年々に理解してくるようになった気がする。

大学の講義は、楽しくも忙しい。それに加えて新しい土地で始めたバイトだってある。それは襧豆子も一緒だった。予定を合わせられないまま誕生日前日を迎える羽目になり、そのことに関して彼女はずっと悔恨の念に包まれたままだ。

「本当は直接おめでとうって言いたかったのにな…」

「なかなか予定が合わないのは仕方ないよ。まだ夏休みは長いし、早めにレポート終わらせて来月に時間取ろう」

「うん…あ、そういえばケーキは?明日食べるの?」
「実家でいたら食べるけど、わざわざ一人分買って食べようとは思わないかな…」そこまでしてケーキが大好物というわけでもなく、食べてもきっと虚しい味しかしないに違いない。逆の立場なら自分もそうかもしれないと、襧豆子が頷いた気がした。

大学の入学を機に、県外での一人暮らしを始めたアパートの部屋は、実家の自分の部屋ぐらいの広さだ。台所に風呂場、生活するのに必要な場所の距離が近くて、実家だとここまでいかない。このちょうど一人分の広さにも、体がだいぶ慣れてきていた。最初こそ孤独を感じていたものの、それも徐々に薄れていき、誰もいない部屋に寂しさを覚えなくなった。けどそれは、襧豆子と連絡を取ってしまうとすぐに崩れてしまう。

「無一郎くん、ちゃんと自炊してる?」
突然にそう質問され、ギクリとした。

ベッドに仰向けになったまま、天井から視線をズラす。コンビニ弁当の空箱と、割るのに失敗して歪な形になった割り箸が、片付けられないまま机に置かれてあった。アパートのすぐ近くに二十四時間営業のコンビニがある。そこで買った今日の晩ご飯だった。アパートの駐車場から道を挟んだすぐ右の向かい側にあり、部屋の窓からでもそのコンビニは見えた。一人暮らしには心強い存在として、大学やバイト帰りなんかによく利用している。なぜ皆して口を揃えるように、こうも自炊を薦めてくるんだろうか。実家を出る前は家族に言われたし、ついには彼女である襧豆子まで母さんと同じことを言いだした。

「………してるよ、たまに」

「ふふっ…うそ。あまりしてないでしょ」
いとも簡単にバレてしまった嘘は、証拠なんかなくともお見通しだったようだ。

「そういう襧豆子の方こそ…」
どうなのかとたずねようとした口が止まった。少なくとも僕よりかはしているに違いないと、こちらはこちらでお見通しだったからだ。
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