夏の誘惑

夏休みの終わりが見えてくると、休みと共に夏が去っていく気になる。最後の力を振り絞るような太陽の日射しに目を閉じると、真っ暗な世界に赤い点がひとつ見えた。

固く閉じて開いた目を正面に戻す。
熱いのは太陽じゃなくて、僕自身だと思わせるほどの光景が飛びこんでくる。

「お待たせ~!ほら、襧豆子ちゃん」
「ちょっ…ま、真菰ちゃん」

まるでお立ち台にでも誘導されてるように、背中を押されながら襧豆子が前に出てきた。頭に降り注ぐ日射し。湯気立つような砂浜からの熱気。とどめに好きな子の水着姿なんてあれば、頭がクラっとしてしまうのだって当然だ。体の中央に寄せられた胸に、艶やかな曲線を描く太もも。白い肌に張りつく桃色の水着が、太陽を受けてまぶしく見える。

その姿に戸惑い、思わず口元を抑えた。そんな僕の様子を、隣の兄が共感と呆れを混ぜた目で流し見ている。鼻血なんて出すなよ、と言われてもいないのに頷いてみせた。

「大丈夫かな…ちゃんと着れてる?変じゃない?」

「平気だよ。すっごく似合ってる。ね、二人とも」

真菰が同意を求めて僕と兄さんを交互に見た。一見穏やかそうに見える視線は、否定を許さない確固とした意思が見える。もとより否定する気など微塵もないというのに。

「「…似合ってる」」
「有一郎くん、無一郎くん、襧豆子ちゃんこっちだけど」二人そろってそう言えたものの、僕も兄さんも襧豆子を直視できずにいた。明後日の方向を向いたままの僕たちに、からかうような真菰の声だけが耳に届く。

浮き輪を借りに行っていた錆兎が、ちょうど海の家から出てくるのが見えた。
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