本命チョコ

***

自宅のチャイム音が居間に鳴り響いた。腰を上げてインターホンをのぞくと、てっきり弟の姿が映るだろうと思っていたら、どうやら違うようだ。

「こんにちは!えっと………有一郎さんの方ですよね!?無一郎さんいますか?」

「無一郎なら、まだ帰ってないよ」

玄関ドアを開けて目線を下げる。陽気な声と共に自宅にやってきたのは、初等部の友人、小鉄くんだった。無一郎を通じて自分とも知り合い、こうして我が家に遊びにくることは頻繁にある。しかし、いつもは約束をした上でやってくるはずなのに、アポなしで来るだなんて珍しい。すぐさま弟を疑った。

「悪い!もしかしてアイツ、また約束忘れてんのか!?」

「わー!ちがいますちがいます!今日は!ちがいます!」今日は、の『は』の部分をしっかり強調し、小鉄くんが自身の鞄をまさぐりだした。

またいつもの絡繰………ではなかった。艶やかなピンクのリボンで丁寧にラッピングされた、白い箱。まるで壊れ物でも扱うかのように、そっと居間のテーブルに置いた。


「これ………今日、これをくれた女の子がいるんですけど。その子に、このバレンタインチョコ…無一郎さんと食べてほしいって言われたんですよ。だから届けにきたんです」

「………ん?どういう意味だ?無一郎と分けろって意味か?」

「う〜ん…多分そういう意味かと…」

小鉄くんが箱を開けると、綺麗に焼きあげたガトーショコラが、豪勢にワンホールとあった。真っ白なシュガーパウダーで囲って、形作られたハートが二つ。お店で売られてるものかと思ったが、どうやら手作りらしい。見るからに本命チョコな気がした。けど、もしこれが本命チョコだとして、二人で分けてほしいだなんて言うのだろうか。

「………なんか…なぞなぞみたいだな」

「………俺のチョコでもあり、無一郎さんのチョコでもある。これなーんだ?」

腕を組みながら、クイズ番組の司会者のように小鉄くんが言った。本命?義理?一体これは何チョコに当てはまるんだろう。

「………ヒントくれ。ちなみにこのチョコ、誰にもらったんだ?同じクラスの子?」

「ちょっ!ばっ!そ、そんなこと言うわけないでしょ!プライバシーの侵害ってやつですよ!!デリカシーっちゅうもんがないんですかアナタは!!!」

照れ隠しなのか急速に早口になる小鉄くんに、肩をバシバシと叩かれる。ふと居間の壁掛け時計を見上げた。無一郎に聞いたら何か知ってそうな気もしたが、兄の直感だ。


───今日、弟の帰りは遅い気がする。


「有一郎さんが正解したら、一口分けてあげてもいいですよ!」

なぜだか勝ち誇ったように、鼻息荒くガッツポーズをする小鉄くんは、やはりちょっと生意気で。そんな後輩が少しだけ可愛く思えた。
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