本命チョコ

*無一郎side*

部活がおわり急いで教室に戻ると、まだ襧豆子の姿はなかった。

鞄を枕にして机に上半身を預けていると、このまま朝まで寝れそうな気がする。他の人なら無理だろうけど、僕にならできる。かれこれ一時間は経っただろうか。窓から景色を眺めるのにもそろそろ飽きてきた。灰色の雲が流れて、枯葉すら残っていない木々を見ていると、まだ春は先なんだなと思い知る。

「………襧豆子」
教室には誰もいない。いないのだけど、自分にしか聞こえない声で想い人の名を口にした。

せわしない足音が遠くから近づいてくる。それは間違いなく里芋組に向かってきてると思えた。

ガラッと扉が開いたと同時に体を起こす。すぐさま教室に入ってきた待ち人は、走ってきてくれたのか呼吸が乱れて鼻が赤くなっていた。彼女の持つラッピングされた袋に、欲深く視線を向けてしまう自分は卑しい人間だ。けれど、やはり期待してしまう。自分のために用意してくれたんじゃないかって。

「無一郎くん!ごめんなさい、遅くなって…きゃっ」いとも簡単に折れてしまいそうな華奢な手を掴んで、そのまま引き寄せた。汗をかいてることを気にかけていようが、離れようとすることは許さなかった。

「!?無一郎く…っ…!」

「………遅かったから心配した」
「!ごめんね…ちょっと色々あって…」

「もう来ないかと思った」
「!そんなことしない!」

「ん、冗談。来てくれて嬉しい」
遅いとか早いとか、本当にどうでもよかった。顔をのぞきこむと、彼女の頬の赤みが増していく。ラッピング袋を持つ手に力が込められたのか、襧豆子の手元からカサっと音が鳴った。

「あの…これ………クッキー…」

「…うん」
「弟たちも食べちゃってたから、あんまり残ってなくて…」

「……うん」
「真菰ちゃんたちに渡すのと同じやつなんだけど、でも…」すぅっと息を吸いこむ音が聞こえた。こっちを見てくれたと思ったら、またすぐに目を逸らす。逸らしたと思ったら、またすぐに僕を見つめてきた。

「同じクッキーだけど違うの…!無一郎くんのだけは、みんなと一緒じゃなくて…!だからなるべく、綺麗なのを選んでたんだけど……っ…!形とか崩れてるのもある、けど、それでも……」

くしゅんとした下がり眉に、濡れた瞳。襧豆子の声が徐々にかすれだしていく。彼女の言葉を最後まできちんと聞こう。そう思っていた。

けれど、僕は彼女に関してはそれほど我慢強くない。そのことをすっかり忘れていたんだ。たどたどしく言葉を選ぶ彼女との距離を、はやく0にしたかった。
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