本命チョコ

───玄関から教室までの道のりを歩く。肩をガックリと落とした女子生徒たちとすれ違ったのは、この短い距離の中で一体何人だったか。

どこか遠慮がちに教室の扉を開けると、空気はどんよりとしていて暗かった。とても今日が二月十四日だと思えない。毎年バレンタインの日には、お兄ちゃんいわく学園全体が甘い香りに包まれているという。兄のように鼻が利くわけじゃないけど、今日はそんな甘い香りなんて、ほとんどしないんじゃないだろうか。

「襧豆子ちゃん!」
「真菰ちゃん、おはよう」

「おはよう。…じゃなくてっ。大丈夫だった?今日持ってきてないよね?」慌てた様子で詰め寄ってくる友人を安心させようと、すぐに答えた。

「うん、家に置いてきた。真菰ちゃんのおかげ。教えてくれてありがとうね」

今日、学園で抜き打ちの持ち物検査があるらしいと、昨日の夕方に彼女が教えてくれた。もし知らないままにバレンタインチョコを鞄に潜ませていたら…ちらりと横目で教室内を見渡す。抜き打ち検査でチョコを没収されたのだろう。項垂れて席に座ってる女子生徒や、その隣で励ましてる女子生徒。

チョコを期待していたであろう男子生徒まで、まるでこの世の終わりかのように机に突っ伏していた。

「………私も、あぁなってたかも」

「うんうん。今までバレンタインにこんなことなかったのにね〜。なんでも一部からの熱烈な意見が、学園長の耳に届いたらしいよ。で、その結果がこれ」

「熱烈な意見?」

「勉学の妨げになるとか、風紀が乱れるとか、そういった意見が高等部の方で上がったらしいの。まぁ大方、チョコを一個ももらえない男子生徒たちの僻みだろうね」

真菰ちゃんが笑顔で言い放つ内容は、笑っていいものか躊躇わせた。
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