本命チョコ

───設定したタイマー終了の音が響く。いそいそと花子がオーブンを開けると、濃厚なチョコレートの匂いが鼻をくすぐった。オーブンミトンを手にはめ鉄板を引っ張りだすと、綺麗に焼きあがったガトーショコラがふたつ顔をだしてきた。

「わぁっ!綺麗に焼けてる!」
「上出来ね。とりあえず冷まそうか」

日曜日の二月十三日。
友人用の型抜きクッキーも、本命相手へのガトーショコラも無事に作り終えることができた。後はガトーショコラの上に、ハートの形に切り抜いた紙を置いて、その上に真っ白なシュガーパウダーを仕上げにまぶしたら完成だ。

クッキーはプレーンとココア、二種類の味があり、花形や星型、ハート型の三種類で焼きあげている。どちらが本命かと尋ねると、たいていの人がガトーショコラを指差すだろう。

「これ、本命に見えるかな?」
「ワンホールで渡すし…うん、見える」

「………っ…はぁ…緊張してきちゃった」
脱力したように、花子が音を立てて椅子へ座る。先ほどオーブンの前にいたときと同じ姿勢になり、完成したお菓子たちを見つめだした。

新しい紅茶を入れ直しながら、花子の本命相手のことを考えてみるも、まったく見当がつかなかった。何となしに初等部で有名な輝利哉くんが浮かんだけれど、花子は静かに首を振っていた。

新しい紅茶を二杯持って、花子の向かいの席に座る。お礼を言いながら紅茶に手を伸ばす妹が、話を切りだした。

「お姉ちゃん。お姉ちゃんはこのガトーショコラ、むいくんに渡すんでしょ?」

「…えっ」
カップに口づけようとした手がとまる。

「あれ?ちがった?ひょっとして、ゆうくんの方?」

「い、いや…違わないけど…私、無一郎くんに渡すだなんて、花子に話したっけ?」

「ううん、ただの勘」
事も無げにそう言って、花子は紅茶をズズッと一口すすった。さすがは姉妹といったところだろうか。思いがけない妹の鋭さに驚いた。
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