本命チョコ

───お姉ちゃん、今いい?

花子の声がするまで、花子だと思わなかった。勉強の手をとめて返事をすると、うつむき加減で部屋に入ってくる。頬を赤らめ、もじもじしながら最初に口にした言葉は『お姉ちゃんが持ってたお菓子の本みせて』だった。チラリと卓上カレンダーを見て、現在の日付を確認した。

二月にお菓子といえば、頭に浮かぶイベントは一つしかない。それにこの様子だと、相手はただの友達というわけではなさそうだ。問いただしたい気持ちを抑え、棚からバレンタインレシピと書かれた本を取りだした。

座布団に座るよう促し、花子が真剣な面持ちでレシピ本をめくりだす。花子がページをめくる度、お菓子の匂いが本から飛びだしてきてる気がする。何度もお世話になった本だから、きっと記憶の中の匂いだ。

トリュフや生チョコ等定番で人気のあるレシピが最初に登場し、マフィンやマドレーヌ、クッキーやブラウニーといった焼き菓子が続く。後半はチョコレートケーキやフォンダンショコラ等、大人向けなレシピがくるはずだ。何度も見るうちに、ページのどのあたりに何のレシピがあるか覚えてしまっていた。

花子は何を作りたいと言うだろう。

丸いフォルムが愛らしいトリュフだろうか。いろんな形をした型抜きクッキーも、花子は好きかもしれない。ページをめくる音を聞いてるうち、花子がピタッと手をとめた。

レシピ本の後半…あの辺りは確か…。

妹が本を裏返して私に見せてくれると、自信がなさそうに小さな声で切りだした。

「これ……私にも作れるかな?」
茶色の低い円柱に、一切れカットされた三角形。粉雪のようなシュガーパウダーがよく映える。その上にはポップな字体で、”本命にピッタリ!ガトーショコラ”と書かれてあった。
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