それを言うまでは

遠ざかっていく祭囃子の音を背中で聴きながら、ゆっくりと夜道を歩いていた。雑踏の熱気に当てられていたから、生ぬるい夜風すら心地よく感じる。

高く結い上げた髪が少しだけ崩れはじめ、首の後ろに数本の髪の毛が張りつく。歩くと揺れる花の髪飾り。その振動を静かに感じながら、隣で歩く無一郎くんに声をかけた。

「弟たちの分まで、本当にありがとう」

「どういたしまして。数、足りるかな」

「充分すぎるよ」

無一郎くんが下げている袋を眺めながら言った。袋の中には、射的の景品のお菓子やおもちゃが入っている。兄弟のお土産にと、彼が射的でとってくれたものだ。今私が持っているうさぎのぬいぐるみも、同じく彼がとってくれたもの。ふたつの黒いボタンが縫いつけられて、うさぎの瞳を表していた。片耳にはりぼんが結ばれ、見た瞬間に心の中でときめいた。

「これは襧豆子に」
店員さんからもらった袋に景品を入れていく間際。彼はそう言って、何食わな顔でぬいぐるみを差し出してきた。

欲しいと口にしたわけではなかった。
とってほしいだなんて言えなかった。
今日だけは子どもっぽいと思われたくなかったから。それなのに、無一郎くんがくれたという事実には逆らえず、子どものようにはしゃいで受けとった。
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