十六歳 ふたりがみつけた花
***
──。
───。
────。
コン、コン。
遠慮がちにドアをノックする音が聞こえる。
業務上だと思わせる看護師のそれとは異なっていた。半分ほど夢の中に浸かっていた意識を持ち上げ返事を返す。
自分はまだ夢の中にいるのかと、危うく錯覚しかけた。しかし現れた相手に対し、決して意外だとは思わなかった。
「…やぁ、お前さん、来てくれたのかい」
──こんにちは。どうですか、調子は。
ベッドの隣にあった椅子へ手のひらを向けると、青年はお辞儀をして座った。あの日はまじまじと顔を見る余裕などなかった。ともに救急車に乗って自分をここまで連れてきてくれた恩人は、こうして見ると大層若い顔つきをしてるでないか。成人すらまだ終えてない成長の途中に、胸が詰まる想いを感じていた。
「お前さんのおかげだ。もう少し病院に着くのが遅かったら、三途の川を渡るところだったかもしれん」
──まだ渡られたら困ります。僕はまだあなたに、何のお礼もできていない。
「何を言う、お礼を言うのは儂の方じゃろう。お前さんが儂になんの礼があるというかい」
おかしなことを言う青年だ。しかし、青年は全てを知った風な笑顔を浮かべ、静かに首を横に振った。そうか。この子はやっと笑えるようになったのか。目頭が熱くなるほどの安心感が突然押し寄せてくる。はて?そう思うと同時に、青年が声を出した。
──あれ?それは…。
それというのは、ベッドの柵に吊るしてもらった千羽鶴のことを言っていた。青年の指は折り鶴でなく、紙ひこうきに向いている。
「あぁ、これは…儂が働いとる学校の生徒にもらったものじゃ」
──…紙ひこうき。
「折り紙なんて昔ほど見んくなって、懐かしい気持ちになったわい。こんな立派な千羽鶴も手紙も、こんな老いぼれのために…」枕元に置いてあった手紙を何気なく手にすると、青年の顔つきが変わった。
──鉄井戸さん!それ…!
椅子が倒れそうな勢いで立ち上がり、ベッドに乗ってこようとする勢いで前のめりに近づいてくる。その剣幕にやや押され、花ちゃんからの手紙を青年に差し出していた。青年は受け取ることはせず、食い入るように手紙を見つめだした。
「この手紙がどうかしたかい?」
──この便箋…この便箋の花って…。
「花?ぺんぺん草の絵じゃろう」
──ぺんぺん草…じゃなくて、別の名前の…!
青年は切羽詰まるような声音を響かせ、苦痛にも似た表情を宿していた。小さな白い花を可憐に咲かせ、そっと寄り添うように野に咲く花は…。
「───なずな、かい?」
浅葱と翠色の混じる瞳が、弾かれたように光を宿した。
──。
───。
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コン、コン。
遠慮がちにドアをノックする音が聞こえる。
業務上だと思わせる看護師のそれとは異なっていた。半分ほど夢の中に浸かっていた意識を持ち上げ返事を返す。
自分はまだ夢の中にいるのかと、危うく錯覚しかけた。しかし現れた相手に対し、決して意外だとは思わなかった。
「…やぁ、お前さん、来てくれたのかい」
──こんにちは。どうですか、調子は。
ベッドの隣にあった椅子へ手のひらを向けると、青年はお辞儀をして座った。あの日はまじまじと顔を見る余裕などなかった。ともに救急車に乗って自分をここまで連れてきてくれた恩人は、こうして見ると大層若い顔つきをしてるでないか。成人すらまだ終えてない成長の途中に、胸が詰まる想いを感じていた。
「お前さんのおかげだ。もう少し病院に着くのが遅かったら、三途の川を渡るところだったかもしれん」
──まだ渡られたら困ります。僕はまだあなたに、何のお礼もできていない。
「何を言う、お礼を言うのは儂の方じゃろう。お前さんが儂になんの礼があるというかい」
おかしなことを言う青年だ。しかし、青年は全てを知った風な笑顔を浮かべ、静かに首を横に振った。そうか。この子はやっと笑えるようになったのか。目頭が熱くなるほどの安心感が突然押し寄せてくる。はて?そう思うと同時に、青年が声を出した。
──あれ?それは…。
それというのは、ベッドの柵に吊るしてもらった千羽鶴のことを言っていた。青年の指は折り鶴でなく、紙ひこうきに向いている。
「あぁ、これは…儂が働いとる学校の生徒にもらったものじゃ」
──…紙ひこうき。
「折り紙なんて昔ほど見んくなって、懐かしい気持ちになったわい。こんな立派な千羽鶴も手紙も、こんな老いぼれのために…」枕元に置いてあった手紙を何気なく手にすると、青年の顔つきが変わった。
──鉄井戸さん!それ…!
椅子が倒れそうな勢いで立ち上がり、ベッドに乗ってこようとする勢いで前のめりに近づいてくる。その剣幕にやや押され、花ちゃんからの手紙を青年に差し出していた。青年は受け取ることはせず、食い入るように手紙を見つめだした。
「この手紙がどうかしたかい?」
──この便箋…この便箋の花って…。
「花?ぺんぺん草の絵じゃろう」
──ぺんぺん草…じゃなくて、別の名前の…!
青年は切羽詰まるような声音を響かせ、苦痛にも似た表情を宿していた。小さな白い花を可憐に咲かせ、そっと寄り添うように野に咲く花は…。
「───なずな、かい?」
浅葱と翠色の混じる瞳が、弾かれたように光を宿した。