居場所

「ただいま。襧豆子」

「…おかえりなさい。無一郎くん」

誰かに、ただいまと言えること。
誰かが、おかえりと言ってくれること。
それがどれだけ幸福で奇跡なことなのか。もう一度それを味わえることができたのは、紛れもなく襧豆子のおかげだ。

やっとふれることができた。
優しくほほえんでくれる彼女の瞳が、まるでそう伝えてくれてるかのようで。僕と同じ気持ちを持ってくれてるようで、嬉しくてこそばゆくなる。

「二週間おつかれさま」

「ありがとう…その格好、可愛いね」

「!?いや…ちが…」
落ちついていた頬が、またみるみるうちに赤く染まっていく。

「片付ける前に、ちょっとだけ…着てみようかと…」

「そそられる。ずっと着てていいよ」

「!?変なこと言わないで!」
じたばたと脚を動かす襧豆子がおかしくて笑みがこぼれると、はたと思い出したように動きが止まった。

「あ、お風呂先に入ってきて?ご飯の支度しなきゃ」

「一緒に入ろう?」

「………………言うと思った」

「さすが奥さん」
いつもなら恥ずかしがって聞き入れてもらえないけど、二週間ぶりの今日なら聞いてくれるかもしれない。今は襧豆子だって自分と同じ気持ちなはず。そう確信がもてるのは、夫婦になったからだろうか。

「…じゃあ少しだけ待ってて。支度すぐに終わらせるから」

「…!待ってる!」
僕の反応にくすくすと笑いだした襧豆子の頬へ口づけをする。頬を擦り寄せると、くすぐったそうに身をよじらせた。心地の良い笑い声と、あたたかなぬくもり。心が安らいでいくのを感じながら、愛しい人を強く抱きしめた。



夕餉の匂い。踏み歩く足音。
湯船からお湯が溢れる音。洗濯の音。

夜を照らす電気の明かりは、家族の顔をよく見るため。


桃色の瞳に映るのは、幸せを噛みしめる自分自身だった。


ありがとう。
僕の帰る場所になってくれて。

ありがとう。
君の帰る場所に、僕を選んでくれて──。
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