居場所

「?荷はどこにあるんですか?」
視線を遊女へ戻す。真っ白い襦袢と真っ赤な紅が、闇の中で煌々と光っていた。ぱさりと音を立てた着物は、畳の上に広がっている。橙色の生地に、牡丹の花が散りばめられた着物。直感する。引っかかるものの正体はこれだ。

「明日、時透様はこちらを去るとお聞きしまして…」畳を擦り歩く音が近づいてくる。

「せっかく遊郭までいらしたのに、時透様ほどの殿方が…女遊びの一つもなさらないのですか?」せっかくの綺麗な着物が、纏う相手に取り残されていくのを見ていた。

そうだ、せっかくの綺麗な着物…そう言っていたのは…。


自宅の居間。窓から射し込んでくる柔らかい日差しを受け、楽しそうに仕事へ勤しむ妻。針と糸を持ち、愛でるような優しい手つきで、器用に着物を繕っていく。


『破れたからって、着なくなるなんてもったいないよ。せっかくの綺麗なお着物なのに』

そう言って笑っている彼女の着物は、何度も何度も自分で繕ったものだった。新しい着物を買おうとしても、これが動きやすいからと、いつもやんわり拒否される。梅の花を咲かせた指輪と、繋がれた手をそっと持ち上げて。大きな桃色の瞳に自身が映った。

『充分だよ』

"充分、もらってるから"
そう言って優しい笑顔を向けてくれる。

日だまりのようにあたたかい、包み込んでくれるような笑顔。この笑顔をひとり占めしている自分は、世界一の幸運者だと思えた。

離れているこの時すらも───。
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