君よ進め

善逸が襧豆子に求婚をしたという話は、どこからともなく僕の耳に届いた。

以前の自分なら、いても立ってもいられなくなり、昼も夜も関係なく襧豆子に会いに行っていたかもしれない。

ぐつぐつと煮えたぎるような黒い感情が顔をのぞかせる度、何度もそれを押し殺した。短命の自分ではだめだと呪文のように繰り返す内に、それが当たり前だと自然と思えるようになった。

善逸は痣者ではない。
きっと僕よりは長生きできるし、何より襧豆子のことを好いているから、夫婦になるには最適な相手だと思う。襧豆子からの手紙に、いまだに返事を返せずにいるのも、僕なんかに構うより善逸と仲を深めた方がいいと思うようになった。

近い将来、結婚報告を聞くことになるだろう。それまでに、きちんと区切りをつけておきたかった。

襧豆子の友人として、笑って祝福してあげられるように。そんなことが自分にできるのか自信はないけれど、それでもそうなるようにしなければ。

自分では襧豆子を幸せにできないのだから。


───本当にそれでいいのか?
誰かが胸の中で問いかける。



───いいんだよ。
静かに答えた。

その声は、兄さんに似ていた。
1/18ページ
スキ