蛍火の下で

*襧豆子side*

かすかに夜道を照らすのは、まばゆく星たちと月明かり。今通っている道に、灯篭は付けられていなかった。

人が通れるように整えられた道といえど、真っ暗な道を歩くのは危険が伴った。足に力を入れて慎重に歩いていても、湿った土の上だと、いつ転んでしまうかわからない。

すべりそうになる度、無一郎くんの手が引き上げてくれた。少し前を歩く彼に手を引かれ、川までの道を下っていく。生命溢れる木々の香りは空気が澄んでいて、深呼吸すると体の中が浄化されていくようだった。

水の流れる音と、水の匂いが濃くなってくる。

月の光が降りて、波打つ川の水面。
その上でふわり、ふわりと漂っているのは、優雅に光を放つたくさんの蛍だった。

「わぁっ…!すごい…!きれい…!」

「うん…!」
その光景はあまりにも神秘的で、私と彼の目を奪った。まばゆいほどの光の粒が、夜を舞う。自然の音に耳を傾け、夜風に身を任せ、ただ静かに揺らめいていた。手を伸ばしても届かない星たちが、今は私たちの頭上近くまで、舞い降りてきたようにも見えた。

ひとりごとのように、無一郎くんがつぶやく。

「蛍って、死んだ人の魂だって聞いたことあるけど…あれ本当なのかな」

「…わかんない。だけど、これだけきれいなんだもん。そう思ってしまうかも」

ふいに、一匹の蛍が群れからそっと距離を取りだした。私たちの目線に合わせて、その蛍はゆっくりと近づいてくる。

声が出なかった。

右へ左へ、揺らめいている蛍。
目の前で、黄緑色の光が小さく輝く。
もし、本当に誰かの魂だというなら、この人は誰だろう。何かを伝えてくれてるなら、それは一体なんだろう。

──声が出なかった。出せなかった。


鼻の奥がツンとして、自分がなんで泣きそうになってるのかわからない。

ゆっくりと上昇していく蛍を目で追っていく。
儚く、夜へ溶け込むように。
──星は空へと帰っていった。
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