蛍火の下で

*宇髄side*

美味い酒と料理、嫁たちも好きな温泉と揃ったら、気分を良くさせてもらうには充分すぎる。

だが、今夜はそれだけではなかった。

刀鍛冶の里で、意外な二人に出会った。

時透に襧豆子。
もしかしたら、意外でもないのかもしれない。

時透が襧豆子に好意を抱いているのは、あの宴会のときに気づいていた。襧豆子の方はわからないが、今日の様子を見る限り、もしかしたらと思う。

温泉での行動も、食事の席での行動も、まるで仲睦まじい夫婦のような二人だった。時透の隣には襧豆子がいて、襧豆子の隣には時透がいる。ずっと昔から寄り添ってきたかのように、自然な姿だった。


酒をひと口、また喉へと流した。
以前時透に煙たがれた酒だが、今夜のは格別に美味く感じる。

…あの時透がねぇ…。

鬼殺隊時代の時透無一郎を思い出すと、今のあいつは全くの別人のようだ。時透の慌てた顔と赤面顔は、今までの印象を大きく覆していた。

常に無表情で、それでいて冷静で、感情をなくしていた十四歳の天才剣士。それが今は、恋するただの男になっている。


鬼がいない平和な世界を象徴とさせた気がした。ただの"男"に、あいつはやっと戻れたんだ。

「天元様、お酒のお代わりはいかがですか?」

「いや、いい。それよか、冨岡とまた一風呂行ってくるわ」

時透の恋慕に気づいていない冨岡は、いまだ呆然と佇んでいる。温泉でゆっくり説明してやることにして、最後のひと口である酒を飲みほした。

神頼みなんてしたことはないが、今だけは祈ってみようと思う。

───十四歳の少年の恋の成就を。
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