蛍火の下で

「おーい、お嬢さん方!そろそろ出るぞー」

体が十分にぬくもったところで、宇髄さんが声をかけた。入ってきたときと同様に、先に女性陣たちに湯から上がってもらう。

夫婦である宇髄さんたちはともかく、だ。
少々の気まずさを抱えながら、僕と冨岡さんは女性陣たちへ背中を向けた。後ろを向く際、風呂の縁に置いてあるタオルへ手を伸ばした襧豆子が見えた。

その先を、黒い影がスっと横切る。

「えっ」
襧豆子の手がとまって、皆も異変に気づいた。

温泉の敷地内に、いつの間にか一匹の小猿が入りこんでいた。おもしろそうなおもちゃでも見つけたように、小猿は襧豆子のタオルを掴んでいる。

”あ”

気づいたときには遅かった。
タオルを離すことなく、木々が生い茂る奥地へと走って行ってしまう。

「!や…ちょっと待って!」
焦った声音の襧豆子が湯船から立ち上がろうとすると、かくれていた白い背中が露になる。下半身まで見えそうな瞬間、気づけば迅速に襧豆子へ近づき、その華奢な腕を引っ張っていた。


「襧豆子!だめ…!」
豪快にしぶきをあげて、湯の中に二人で倒れこんだ。からかい混じりの宇髄さんの声が、くぐもって聞こえる。

「おいおい!ド派手だなー!!!」
襧豆子を後ろから抱きしめる形で倒れたせいで、彼女の柔肌がぴたりとくっついた。そのやわらかさに驚いて、一瞬自分がどこにいて何をしているのかわからなくなった。

「ん…ごほっ…!無一郎くん、どうしたの…?」

「襧豆子、立ち上がっちゃだめ!」
「でもタオル…」

「僕が取り返してくるから!絶対に立ち上がっちゃだめだよ!」彼女の無防備さに、思わず大声が飛び出た。

宇髄さんや冨岡さんもいるというのに、見られたらどうする。かといって自分は見てもいいのか、と聞かれたら答えられないが。


「あー!!!私たちのタオルも!」
騒ぎを嗅ぎつけてきた野次馬のように群がり、いつの間にか何十頭もの猿たちが周囲を取り囲んでいた。タオルや桶を取って行ったり、湯に飛び込んできたり、猿たちはやりたい放題と騒ぎだす。

「いいねぇ!いっちょ俺様が取り返してきてやるよ!冨岡いくぞ!!!」

祭りの神に火がついた。

勢いよく宇髄さんと冨岡さんが立ち上がると、男でも見惚れてしまいそうな、鍛えあげられた肉体美が現れる。冨岡さんはタオルで下を隠しているが、宇髄さんにいたっては丸見えだった。

「何してるんですか!!!」
襧豆子の両目を手のひらで隠し、叫んだ。

木々の中へ逃げだす猿たちを、元柱の二人が追いかけていく。広い温泉の中では、猿たちと元くの一の三人が暴れだしていた。

僕と襧豆子は身動きが取れず、しっちゃかめっちゃかな動向を見守るしかできなかった。

腕の中から、くすくすと笑い声が聞こえる。
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