蛍火の下で

「襧豆子ちゃん。その傷どうしたの?」

須磨さんの心配そうな声が、やけに響いて聞こえた。あまり襧豆子の方を見ないようにしていたが、先ほどまでの楽しそうな雰囲気が変わったので、思わず視線を移す。

「これですか?」
襧豆子が左肩を見ながら答える。左肩には、食い込まれたような歯型の痕がくっきりと写しだされていた。さらに左腕には、傷跡になっているいくつかの線が刻まれている。襧豆子の白い肌には不釣り合いな、痛ましいものだった。

「お兄ちゃんが鬼になっちゃった時に、噛まれた痕ですよ」

なんてことないと言わんばかりの声音で答える彼女に、皆は一瞬言葉を失った。

気絶していた僕は後から知ったことだが、無惨との決戦時に、炭治郎が一度鬼にされたという報告を受けた。炭治郎を人間に戻すため、残った隊士たちで必死に攻防していたと聞いたが、その中に襧豆子もいたという事実は、今に至るまで知らなかった。

「そうだったの…痕が残っちゃったのね」

「嫁入り前の女の子の柔肌に…痛そうです」
須磨さんが襧豆子の傷痕をさすった。

「大丈夫ですよ。私よりも、他のみなさんの方が傷痕は残ってしまったと思うし。それに、お兄ちゃんたちと一緒に闘った証でもあるので」

やわらかく紡がれた言葉は、嘘も意地も感じない。そう笑顔で言いきる襧豆子を心底美しいと思った。
たぶん、そう思ったのは僕だけではないはずだ。隊士でもない普通の女の子が鬼となり、兄を守るため一緒に闘ってきた。いくら首を切らないと死なない鬼とはいえ、襧豆子だって相当の痛みを味わってきたはずだ。

「それにほら。こうして見てると、なんだか勲章みたいでかっこいいんですよ」

噛み跡のある左肩を、まるで自慢するように皆に向けて見せた。穢れのない真っ直ぐな瞳が、嘘偽りない言葉だと感じさせる。須磨さんに抱きつかれ、さらにまきをさんと雛鶴さんに抱きつかれ、彼女は無邪気に笑った。


「…あんな傷痕関係なく、襧豆子だったら嫁のもらい手なんざいくらでもあるさ。なぁ?」

「………うん」
意味深に同意を求めてきた宇髄さんに、相づちしかうてなかった。

襧豆子の笑顔を見ていると、たまらない気持ちになる。彼女の優しさに、強さに、こんなにも強く惹かれてしまう。愛おしい気持ちと、汚したくない気持ちが、胸の中で交差している。

それは今まで味わったことのない、不思議な感覚だった。
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