蛍火の下で

最初は里へ遊びに行って、一日で帰ってくるつもりでいた。だがそれは、僕の歩く早さだけを計算した予定だった。

訓練をしてきた隊士であれば、さほど遠くは感じない里への道のりも、襧豆子の場合そうはいかないのだと気づく。人間に戻った襧豆子の体力で向かうとなると、里へ着く頃には、一日の半分以上は時間が経っている。つまり、滞在時間がさほど取れない。

僕がおぶって里へ向かうことに、やはり彼女はうなずいてはくれないのだ。

どうしようか思い悩んでいる最中に、小鉄くんから手紙が届いた。鎹鴉の銀子に、訪れる日にちと、二人で行くことを知らせる手紙を届けてもらっていたので、その返事だった。一緒に書面をのぞきこんでいた襧豆子と、顔を見合わせる。

どうしよう───。
二人でそんな表情をしていた気がする。

『ぜひ泊まっていってください。食事もたくさん用意して待っています。』

まず先に、炭治郎が許してはくれないだろうと率直に思った。困ったように僕を見つめてくる襧豆子も、たぶんそう思っている。

「残念だけど、二人で行くのは…」

諦めようか。

最後まで言う前に、襧豆子が遮って言った。


「………行きたい、な…」
困っているように見えた垂れ下がった眉は、恥ずかしさからきているのだと、赤く染まる頬でわかった。

心臓が大きく音をたてて、抱きしめたくなる衝動に襲われる。襧豆子のこの顔に、自分は弱かった。

このまま有無を言わさずに、強引に連れ去ってしまいたくなる。何も考えずに、ただ襧豆子の華奢な手を引いて、二人でどこへでもいけたら、それはどれだけ幸せな事だろうと思った。


「…炭治郎に、二人で頼んでみようか」

「….うん!」
こればかりは反対されるだろうと身構えていたのに、拍子抜けするほど、炭治郎からはあっさりと了承を得た。

「あぁ、行っておいで。時透くん、襧豆子をよろしくね」

「「いいの!?」」
思わず襧豆子と同時に言葉が飛びでた。

「なんでそんなに驚いているんだ?せっかくだから、ゆっくりしておいで」

そう言う炭治郎は、瞳の色だけではなく、やはり父の面影を彷彿とさせた。襧豆子へ恋慕の情を抱いていることに、炭治郎はきっと気づいている。襧豆子の気持ちはわからないけど、どことなく静かに見守ってくれている気がした。

父によく似た、優しい眼差しで───。


「無一郎くん!もしかしてあそこ?」

羽織を引かれて前方を見る。
刀鍛冶の里の門が、いつの間にかすぐ近くに見えてきていた。
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