お出かけ日和

記憶障害になっていたあの頃。辛い記憶に自ら蓋をして、頭の中にはずっと霞みがかっていた。

物事を覚えていることができなくてすぐに忘れてしまうから、人の顔すら覚えるのが難しかった。炭治郎が言っていたように、人に対しての配慮も何もなかった。

あの頃の僕は、一体どれだけの人を傷つけていたんだろう───。


おもしろいことは何ひとつ言ってない気がするのに、話を聞く襧豆子はなぜだか楽しそうで、不思議に思う。

「えっと…じゃあ、義勇さんはどんな人だったの?」

「冨岡さんは…今はもちろん尊敬している人だけど…あの頃は正直、置き物みたいな人だったかな」

「お…置き物!?」
当時感じていたことを正直に話すと、襧豆子が急に口元を抑えて、肩を震わせだした。その瞬間、声を上げて笑いだす。

「……っふふ…!ふっ…あははははっ!」

「え…何かおもしろいこと言った?」
彼女が笑ってる理由が本当にわからなくて、いささか驚いて尋ねる。


「あはははっ!だって…!他の人たちはみんな動物で例えてるのに、なんで義勇さんだけ置き物なのかなって…あははは!」

胸の中で、何かがストンと落ちていく音がした。顔をくしゃくしゃにして笑う彼女を見ていると、不覚にも泣きそうになってしまう。

過去の自分の行い。
後悔という棘によって、先ほどから感じていた胸の痛みが和らいでいくのを感じる。過ちも後悔も、悲しみも、まるごと包んで許してくれるような、そんな錯覚すら覚えてしまう。

曇っていた空から光が射すように。
まるで花が咲き開くように。
僕の苦い記憶を、なんて事ないように。

ただあどけなく笑ってくれる彼女を、たまらなく愛おしく思った。
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