自覚 〜襧豆子の場合〜

お腹がすいたとグズる弟に、他のきょうだいにバレぬよう、こっそりふかし芋を出してあげたことがある。

『もうこれで最後だよ、おしまい』
そう言って六太の頭を撫でた。

………なんで、今それを思いだしたんだろう。


「………っふふ。はははは!」
そっと手が離れる。目の前の無一郎くんを見ると、手で口元を抑えて笑いだしていた。

「お、おしまいって…それ久しぶりに聞いたかも!あはははっ!」

肩まで震わせて笑いだす無一郎くんに、いささかムッとする。こっちは恥ずかしすぎておかしくなりそうだったのに。さっきまでの射抜くような眼差しはなくなり、無邪気な少年の瞳になって大笑いをしだした。

笑い声を聞いている内に、緊張していた肩の力が徐々に抜けてくる。

「無一郎くん…ずるい」

「え…ずるい?」

怒っているわけじゃないけど、怒っているふうに見せかけて無一郎くんに詰めよる。さっきまでの緊張を返してほしい。あんな顔をしておいて、あんなことをしておいて。それなのに今は呑気に笑ってるなんて、ものすごく振り回された気がしてならない。

「無一郎くんはずるい!」

「ずるいって…?」

「ずるいの!」
なんでずるいと言われてるのか、全く彼はわかっていなくて、戸惑ってる様子を感じる。

突然口に柔らかい感触と、甘い匂いが鼻をくすぐった。さっきまで食べていたカステラが、彼の手によって唇にそっと押しつけられている。思わず口を開けると、そっとカステラが口に入ってきて、口内を甘い匂いで満たす。

「………ん。ごめんね」
カステラを食べさせられるなんて、今度はこっちが妹みたいだ。

…やっぱり無一郎くんはずるい。
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