自覚 〜襧豆子の場合〜

月のきれいな夜だった。
なぜだかその日は目が冴えて眠れなかった。
蝶屋敷の一部屋を自室として借りているのだが、いつもならとっくに眠りについているはずが、一向に眠気がこない。

むくりと体を起こす。

鬼の頃に寝すぎちゃったかな。
そんな冗談を言える相手はここにはいない。

お兄ちゃんの様子、診てこよう。

そう思いたち、そっと障子を開けて廊下に出る。月が煌々と光を放ってくれるおかげで、夜だがそれほど暗く感じない。

これなら大丈夫。

なるべく足音を立てないように、静かに歩きだした。

誰にも言ってないのだが、実のところ夜はまだほんの少し怖い。兄にも心配をかけてしまうので、話せていなかった。

家族が殺されたあの夜。以前に比べて回数は減ったのだが、まだ時折記憶の箱から顔をだしてくる。むせかえる血の匂いと、恐怖で泣き叫ぶ悲鳴。家族の仇である鬼舞辻無惨。

もうこの世に無惨はいない。それはわかっているのに、夜の闇からまた無惨が現われるんじゃないかと考えてしまう。闇が集まる廊下の奥を見ていると、あの赤い瞳が浮かび上がってきそうで、慌てて目を背けた。

辛いのは自分だけじゃない。
乗り越えなくちゃ。

そうこうしてる間に、いつの間にか兄がいる病室に辿りついていた。
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