自覚

じっと見つめる僕の視線に気がついたのか、襧豆子がふいにこちらを向いてきた。

心臓がドクンと大きな音をたてた気がして、二人の視線が重なる。桃色の瞳がふわりと垂れて、優しい眼差しを向けられてしまえば。自身の体を浮かせることなんて、あまりにも容易い。


あの笑顔を誰にも渡したくない───。


頑なに動けずにいた体が、堰を切ったように動いていた。

「…っ、襧豆子!」
他の隊士たちの視線が、一斉にこちらへ注がれているのがわかった。けれど、そんなのもうどうだっていい。突然話しかけてきた自分に、襧豆子も周りの仲間たちも、驚きの表情を見せた。

名を呼ばれた本人は、すぐにまた愛らしい笑顔へと変わる。

「無一郎くん」
人間に戻った彼女を、こうして真正面からきちんと見たのは初めてかもしれない。

長いまつ毛に、縁取られた桃色の大きな瞳。少しだけ垂れた眉。広いおでこ。ふっくらとした赤い唇。

こんなにも可愛らしい顔だちをしていたんだ。

口を動かそうとしても、思うように動かない。どくどくと波打つ心臓が苦しくて、思わず自身の胸元を掴んだ。何も言えずにいる僕を不思議に思ったのか、襧豆子が小首を傾げる。

「無一郎くん?」
もう一度名を呼ばれると、自分を奮い立たすように叫んでいた。
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