自覚

襧豆子のいる座卓は、相変わらず善逸の高音がよく響いていた。襧豆子を褒めちぎる声が聞こえるたび、心臓を強く掴まれてる気になってくる。

炭治郎の妹自慢が始まり、その興味深い内容に耳を澄ました。なんでも襧豆子は町でも評判の美人だと謳われていて、好意を抱く男が後を絶たなかったらしい。その容姿に気立てのいい性格で、縁談を持ちかけられることも多く、失礼のないよう断わるのが大変だったと。当時を懐かしむ物言いで、炭治郎は語った。

そんな話を聞いて、内心気が気ではない。

襧豆子は顔を真っ赤にして兄に詰めよっているし、逆に善逸は顔を青くして体を震わせていた。机が壊れそうなほどの衝撃音と、つんざくような悲鳴が大広間に響く。

「炭治郎!いやだよ俺!襧豆子ちゃんは俺のお嫁さんになるんだから!絶対に俺と結婚するんだからぁぁああ!!!」

「……………………は?」
隣から宇髄さんの視線を受け、思わず漏れた声は彼にしか聞こえなかったらしい。


………今、なんて言ったんだ。

胸の中がざわざわと騒ぎだす。どす黒い感情が内から湧き上がるのを感じていた。

結婚?お嫁さん?誰が、誰と?

善逸が襧豆子に好意を寄せているのは知っていたし、異様なほどにまとわりついているのも健在だ。だが、善逸はどんな女の子を前にしても態度が一緒だったはず。襧豆子にあれほど執着してるのは、仲間の炭治郎の妹であり、一番長く過ごした女の子だからだと。

───ちがう。

ただ、僕が勝手にそう思っていただけだ。


「それは襧豆子の気持ち次第だ!!!」

「そういうことを簡単に言う人なんて、信用できませんよ!」スパッと言い放つ炭治郎の後ろで、神崎アオイが抗議をしながら襧豆子の耳を塞いでいる。

泣き叫ぶ善逸の姿なんて、仲間内ではもう日常茶飯事だ。耳を塞がれたままの襧豆子が、苦笑しながら善逸をなだめている。

とんだ勘違いだ──。

耳まで赤くなった彼の瞳は、明らかに他の異性の前とではちがう。確かに恋慕の情が映し出されているというのに。

襧豆子は特別だっていうのか。
………本気だってことなのか。

無意識に握っていた拳に力が入って、血管が浮き出ていた。爪が手のひらに食い込む痛みすら、今は感じなかった。
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