君と僕の花(完)

*無一郎side*

──突然襧豆子が立ち上がって、どこかへ走り去って行くのをぼんやり眺めた。

すぐに何をしていたのかを知る。

頭上からはらはらと落ちてくる薄桃色の花びら。
木の後ろから顔を出した襧豆子が、上から花を降らせている。買い物袋の中身を抜き取り、袋いっぱいに花びらを詰めていたようで「えいっ」とひっくり返した。

「わっ!」
どさっと音が聞こえそうなほどの大量の花びらに、視界が桜一色になった。花特有の匂いに包まれる。目を細め前を見ると、花びらの中でにこにこと笑ってる襧豆子がいた。日だまりのような笑顔に見惚れていると、ふわっと風が吹いて花びらがまた舞い散っていく。

襧豆子の綺麗な黒髪も一緒に揺れた。

「…あのね、昔聞いたことがあるの。亡くなった人のことを思い出す時があるでしょ。その瞬間、その人の頭の上に花が降るんだって」

「…花?」

「そう。思い出すと、あの世にいるその人の元へ綺麗な花が届くの。素敵な話でしょ?」

そう言った後、彼女は僕の瞳を真っ直ぐに見つめた。僕は一体どんな顔をしていたんだろう。まるで小さな子どもに話すように、泣きそうなほどの優しい声音で話す。

「毎日思い出すよ。無一郎くんのこと。だから無一郎くんはずっと空を見てて。ずっと花が降っているから。無一郎くんが埋もれちゃうくらいの!」

花が積もるのを想像しているのか、彼女は僕の頭の上に手をかざした。

「そしたら…ね。少しだけ、さびしくなくなるでしょう?」

そう問うてくる襧豆子は、やはり包みこんでくれるようなあたたかい笑顔だった。あの頃からずっと変わらない、僕の大好きな笑顔。

───ちがうよ、襧豆子。
怖いのは死ぬことじゃない。僕がさびしいかどうかなんて、どうだっていい。君を一人にしてしまうことが、何よりも怖いんだ。

幸せだと噛みしめるたびに揺れる心。
深い闇に堕ちていきそうになる度、いつだって僕を引き上げてくれる。奮い立たせてくれる。まるで道しるべのように行く先を示してくれる。その笑顔に一体どれだけ救われてきたんだろう。

桜雨が二人を包んで舞っていく。
大地から伝わるぬくもりに、心地よい陽光、頬を撫でる柔らかい春風。まるで襧豆子の心の中にいるみたいだと思えた。


「…花なら、ここにもあるね」
薄桃色の花びらが、襧豆子の髪の毛を更に彩るように降ってきた。そっと花びらにふれる。

くすぐったそうに笑う妻を引き寄せ、そのまま唇を重ねると、すぐに体温が伝わってくる。


狂おしいほどに愛おしい。まぶしくてあたたかい。大切な僕だけの花。
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