君と僕の花(完)

木の下に並んで腰かけると、風をより近くに感じた。背中を預ける幹はあたたかく、ずっしりとした安心感がある。隣から名を呼ばれ返事をすると、開いた口にすかさず襧豆子が団子をさしこんできた。

「…はにふるの」
頬張りながら訴えると、いたずらが成功したように笑いだす。

穏やかな時間がゆっくりと流れていた。桜を愛でる彼女は、桜を上回る愛おしさがある。彼女と過ごす生活の中で、このまま時間が止まってしまえと、幾度となく想っただろうか。

ご飯を食べるときも、他愛ない話をするときも、体を重ねるときも。襧豆子と共にいるだけで世界が鮮やかな色で満ちた。

ひらひらと手のひらに花びらが落ちてくる。

また春がきた。
次の夏の誕生日には、僕は十八になる。
十八、十九、二十、二十一…。

数えたくもないのに、どうしたって数えてしまうんだ。

一つ、また一つと歳を重ねるたびに。
季節の変わり目を流れ見るたびに。
少しずつ近づいてくる死の時間。
それはあまりにも早すぎる最期の別れ。

素直に綺麗だと、それだけを思えたらいいのに───。

手の中の花びらをぎゅっと握りしめると、自身の握りこぶしにそっと手が添えられる。優しく包みこんでくれる小さな手は、最愛の妻の手だった。

「また考えてるでしょ」

「………うん…ごめん」
普段は何事もなく過ごせているが、たまにこうしてよぎってしまうのは僕の弱いところだ。心の中で、少しずつ受けいれている気持ちと、抗う気持ちがせめぎ合っている。顔に出さないようにしたって、襧豆子はすぐ気づいてしまうんだ。

「いいの。私には全部見せて」
そう言って両手で僕の頬を包みこんだ。

「…弱くてごめんね」
「無一郎くんは強いよ」

「…支えてもらってばかりだね」
「私だって支えられてるよ」

「…僕にも何かできることある?」

「………ずっと好きでいてくれる?」
「当たり前でしょ。そんな簡単なことでいいの?」

「いいの」
はにかみながら、きっぱりと襧豆子はそう言った。妻の体温を求め、上から手を重ねると頬を擦り寄せた。世界にひとつ、この手だけは自分を裏切らないと思わせるような彼女の手だった。


───………あぁ。死にたくないな。

まだ足りない。全然足りない。
襧豆子ともっと一緒にいたい。

この子を一人にしたくない。


痣者。短命。命の前借り。

心の隅に根付いてずっと離れない呪いだ。
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