自覚
長年にわたった鬼との激闘に終止符が打たれた。鬼舞辻無惨を討ち取ったという朗報を聞いたのは、すべてが終わったおよそ二ヶ月後。僕は昏睡状態になり、生死をさまよっていたと聞いた。
目が覚めたあの日。
見慣れた天井が目の前にあって、自分は蝶屋敷のベッドの上にいるのだと理解できた。窓から差し込む月明かりが、今は夜だということを教えてくれた。涙を流しながら安堵の表情を浮かべる襧豆子は、繰り返しつぶやいた。
「───無一郎くん!よかった…よかったねぇ…!」
わずかに感じる自身の手のぬくもりは、どうやら彼女のものらしかった。状況を察するに、側についていてくれたのかもしれない。
もう一度と願っていた彼女の手は、僕がもう沈むことがないようにと、まるで優しく掴んでくれてるようだった。牙がなく、凛とした声。生が宿る瞳。鬼の面影をなくした彼女は、本来の竈門襧豆子に戻っていた。まじまじと襧豆子の顔を見つめていると、やはり炭治郎の妹なのだとよくわかる。
…目なんか本当にそっくりだ。
感謝の気持ちよりも先に、そんな悠長なことが頭に浮かんでいた。
「無一郎くん」
握られていた手の力が強くなる。月明かりに照らされた涙が、光の粒となって流れ落ちていった。揺れる桃色の瞳が、ただただ美しい。彼女の頬にうっすらとできた涙の跡を見つめていると、自分でもわからない感情が内からあふれてきた。
心配をかけてしまった。自分の意識が戻ることを、きっと待っていてくれたんだ。はやく感謝の言葉を伝えたい。
けれど、言葉よりも先に襧豆子にふれたかった。
抱きしめたいと思った。
感覚の戻っていない手に思いきり力を込めてみると、襧豆子がハッとした表情で瞳を見開いた。
そして、心の底から安心したように。
母が子を慈しむように。
この世のきれいな物すべてが集まったような、あたたかい笑顔がそこにあった。
………なんだろう。
春の日差し。夏の向日葵。
だめだ。例えられないや。
なんて、僕はまた悠長なことを考えた。考えるようにしたんだ。でないと本当に抱きしめてしまいそうだったから。
動かない体を無理やり動かしてでも。抱きよせて、自身の懐に襧豆子を閉じ込めてしまいたい。そんな身勝手な欲望で、こんなきれいなものを壊しちゃいけないとも、本能的に思った。
───あの笑顔が、今も脳裏に焼きついて離れない。
目が覚めたあの日。
見慣れた天井が目の前にあって、自分は蝶屋敷のベッドの上にいるのだと理解できた。窓から差し込む月明かりが、今は夜だということを教えてくれた。涙を流しながら安堵の表情を浮かべる襧豆子は、繰り返しつぶやいた。
「───無一郎くん!よかった…よかったねぇ…!」
わずかに感じる自身の手のぬくもりは、どうやら彼女のものらしかった。状況を察するに、側についていてくれたのかもしれない。
もう一度と願っていた彼女の手は、僕がもう沈むことがないようにと、まるで優しく掴んでくれてるようだった。牙がなく、凛とした声。生が宿る瞳。鬼の面影をなくした彼女は、本来の竈門襧豆子に戻っていた。まじまじと襧豆子の顔を見つめていると、やはり炭治郎の妹なのだとよくわかる。
…目なんか本当にそっくりだ。
感謝の気持ちよりも先に、そんな悠長なことが頭に浮かんでいた。
「無一郎くん」
握られていた手の力が強くなる。月明かりに照らされた涙が、光の粒となって流れ落ちていった。揺れる桃色の瞳が、ただただ美しい。彼女の頬にうっすらとできた涙の跡を見つめていると、自分でもわからない感情が内からあふれてきた。
心配をかけてしまった。自分の意識が戻ることを、きっと待っていてくれたんだ。はやく感謝の言葉を伝えたい。
けれど、言葉よりも先に襧豆子にふれたかった。
抱きしめたいと思った。
感覚の戻っていない手に思いきり力を込めてみると、襧豆子がハッとした表情で瞳を見開いた。
そして、心の底から安心したように。
母が子を慈しむように。
この世のきれいな物すべてが集まったような、あたたかい笑顔がそこにあった。
………なんだろう。
春の日差し。夏の向日葵。
だめだ。例えられないや。
なんて、僕はまた悠長なことを考えた。考えるようにしたんだ。でないと本当に抱きしめてしまいそうだったから。
動かない体を無理やり動かしてでも。抱きよせて、自身の懐に襧豆子を閉じ込めてしまいたい。そんな身勝手な欲望で、こんなきれいなものを壊しちゃいけないとも、本能的に思った。
───あの笑顔が、今も脳裏に焼きついて離れない。