君と僕の花(完)

髪をひとつに結ぶときといえば、入浴の際がほとんどだった。それ以外といえば、正装服に身を包み、彼女と祝言をあげたときだけ。

めんどうだからと普段は下ろしているが、以前気まぐれで髪を結い上げていたときだ。食事中に、襧豆子が頬を赤らめて言った。

『無一郎くん、やっぱりその髪型似合うね。私それ好き。かっこいい』

あんなに可愛い笑顔で言われたら、こんなことで奥さんが喜んでくれるならと、それ以来自分の定番の髪型になった。つくづく襧豆子が絡むと、自分はどうも単純になるらしい。ひとつ結びの髪をした男が、鏡の中で苦笑いする。


「無一郎くん。準備できた?」
部屋の引き戸が開くと、先に支度を終えた襧豆子が自分を呼びにきた。

「うん。そろそろ出ようか」

家を出てすぐ、彼女のあいている手を握る。襧豆子は顔を真っ赤にして、すぐ周囲に人がいないかを気にし始めた。夫婦になってもうすぐ一年経つが、こういうところはいまだに変わらない。

手を繋ぐ以上のこともしてるし、手よりも恥ずかしい部分にだってもうふれているのにな、と心の中で思う。可愛らしい姿に思わず目を細めて見ていると、襧豆子が僕の視線に気づいた。

「なに笑ってるの?」

「いや、可愛いなぁと思って」

「な、何が…っ!」

「手を繋ぐなんていつものことでしょ。なんでいまだに照れてるのさ」

「…なんとなく」

「それ以上のことだってもうしたのに」

「!外でそういうこと言わないのっ」
むっとした襧豆子が手を離そうとする前に、力を込めて引き寄せた。距離が近まって、二人の肩がふれる。

「だめ、手は繋いどく」
「無一郎くんが変なこと言うから!」

「怒んないで。また紙ひこうき作ってあげるから」
「…子ども扱いしてる」

「あははっ」
「…じゃあ私だって、もうふろふき大根作ってあげないからね」

「………それは困る」
ぷりぷりと怒っていた彼女が、またすぐ歯を見せて笑った。ムキになったりふてくされたりするこんな姿は、普段滅多に甘えることがなかったという彼女の特別な姿だった。

自分にだけ見せてくれる一面は、同い年ということもあったかもしれないが、恋仲の頃それに気づいたとき、たまらなく嬉しかったのを覚えている。

最愛の人が隣にいてくれる。
これ以上の幸せはなかった。
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