自覚

深く深く、水の中に沈んでいくような感覚。
いつまでも訪れないのは、地に降り立つ感覚。

自分が目を開けているのか、閉じているのか、それすらもわからなかった。

静寂に包まれて何も聞こえない。
辺りは真っ暗で何も見えない。

でも不思議と怖くはなかった。
胸が引き裂かれるような、痛ましい光景をもう見なくてすむ。死を目前とした断末魔の叫びも、もう聞かなくてすむ。そんな場所に今自分はいるのだと思うと、恐怖よりも安心感が上回った。

ここにくる前、最後に見た光景は…そう───。

悲鳴嶼さん、不死川さん、玄弥。
仲間と共に命を賭けた、上弦の壱との激戦。あと一歩と追い詰めたはずなのに、振りかざす誰かの日輪刀だけを最後に記憶がなかった。

鬼はどうなった。みんなは無事なのか。鬼舞辻無惨は討てたのか。

問う相手も、答えをくれる相手もいない。
頭の中に霞が立ちこめて、徐々に何も考えられなくなってくる。死期が近いのだと悟った。


兄さん。父さん。母さん。
───僕も、もうそっちに行くからね。

自分の命よりも大切だと思えた。そんな仲間たちにたくさん出会えたんだ。聞いてほしい話がいっぱいあるんだ。僕は本当に幸せだったんだよ。


紛れもない自分の本心だ。幸せだったことに変わりはない。それでもただ一つ、家族になら心残りを言ってもいいだろうか。

───もう一度、彼女に会いたかった。


『───………く…ん…!』
話してみたかったな。

『──む…い………く、ん!』
人間に戻った、あの子と。


「───無一郎くん!!!」

空気の弾けるような音が耳のそばで鳴った。闇に覆われていた視界が、白い光に包まれるように明るくなっていく。はっきりと自分の名を呼ぶ声に驚きを隠せない。

…誰?いや、知ってる。
この声の主を僕は知ってる。


「……ね、ず………こ……?」

ゆっくりと重い瞼を開けていく。視界にとびこんできたのは、目に大粒の涙を流しながら自分を見つめる、かつて鬼であった少女だった。
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