繋いでいく奇跡

『お父さん、無一郎くんを育ててくれてありがとうございます。お母さん、無一郎くんを産んでくれてありがとうございます。お兄さん、最期の瞬間まで、無一郎くんのそばにいてくれて、ありがとうございます』

伝えたい言葉は次から次へと溢れてくるのに、肝心である彼のご家族は、もうこの世にはいないのだ。面と向かって直接言えていたら、どれだけよかっただろう。

───ふいに、温かい風が頬を撫でた。先ほどまでの冷たい風ではなく、微弱ながらもまるで誰かの手のぬくもりのようだった。さぁっと一際大きな風が吹いたかと思うと、風の音の中、かすかに聞こえる誰かの声に耳を澄ます。


『結婚おめでとう』

『どうか幸せになってね』

『弟をよろしくお願いします』

ささやくほどの小さな声だったが、確かに風に運ばれてきた。ハッと目を開けて隣の無一郎くんを見る。鏡のように同じ体勢で、手を合わせたまま驚いた表情で私を見ていた。

立ち上がって空を見上げると、雲の隙間から光がさしていた。流れるカーテンのように、白くて透明なその光を見ていると、神秘的な気持ちに包まれていく。

引き寄せられるように、お互いから自然と手が繋がれた。手を握ると握り返してくれる無一郎くんの手。たくさんの人を守ってきた、私の大好きな手。彼が生まれた奇跡も、私が生まれた奇跡も、誰かの奇跡が積み重なってできたもの。

この手を繋げてくれた人たちへ、思いを馳せた。ひとたび二人を包む風が吹くと、はらはらと枯葉が足元を通りすぎていく。

亡き家族へ。
繋いでくれてありがとう。

愛おしいと思えるこの人と。
出会わせてくれた奇跡を、ありがとう───。
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