繋いでいく奇跡

家の中へと促すが、善逸は敷居をまたごうとはせず、玄関先で足を止めた。ここでいいと一言つぶやき、仁王立ちで僕を見据えていた。ふわりふわりと、のんきな様子で雪粒が舞いだす。善逸の頬にひとつの雪粒が落ちて、すぐに熱で溶けた。

「単刀直入に言う」

「…はい」
彼の言わんとすることは、もっともだと思わざる内容に違いない。知らずうちに握っていた拳に力が入る。

「襧豆子ちゃんのことを本当に大事に思うなら、結婚なんてするべきじゃない。数年後に…あの子が傷つくだけだ」

はっきりとした善逸の声が、雪と共に降ってきた。何度も何度も、僕が僕自身に問いかけていたことだ。炭治郎に結婚を認めてもらえても、いまだに心の中では葛藤が続いている。胸に残るわだかまりを、強引に引きずり出された気分だった。

あの優しい笑顔で、やわらかい絹のような声で、僕じゃない誰かの名を口ずさむというのか。僕ではない別の誰かに、彼女を託せというのか。想像するだけで吐き気がした。


冗談じゃない───。

「襧豆子は誰にも渡さない」
隠しきれない敵意は、目の前にいる人物に向けられた。一瞬だけ善逸の表情が強ばるが、すぐに猛り立ち、矢継ぎ早に自分の意思をぶつけてきた。

「………っ…痣を出せなかった俺が言うのは…情けないし、気持ちはわかるけどさぁ!襧豆子ちゃんと夫婦になったって、一緒にいられる時間なんて僅か数年だけだろ!?だったら最初から結婚なんてしない方がいい!おまえがそんなはやくに死んじまったら、襧豆子ちゃんどうするんだよ!」

「………たしかに、僕は短命だよ。これから襧豆子が生きる人生の中で、僕と過ごす時間はきっと半分にも満たない………でも…」

自分がいない世界で、襧豆子は生きていく。この世を去った後のことを考えるだけで、胸がはちきれそうだった。それほど遠くない未来で僕が最期に見るのは、襧豆子の泣いた顔になるんだろう。それでも、この道を選んだのは僕たちだ。

「幸せは長さではない」

大切な人がそばにいてくれるのならば、たとえ短い時間だろうが関係ない。目の前にあるかけがえのない奇跡を、ただ慈しむだけだ。それは、彼女が教えてくれた。

「僕と襧豆子で、それを証明するから」

鋭く、射抜くように善逸を見据えた。かつての恋敵である彼にだからこそ、この想いが吐露できたのかもしれない。

誰が手放すというのか。
絶対に離さないと誓ったんだ───。
5/13ページ
スキ