伝えたい言葉

いつのまにか自分も眠っていたらしく、自身の布団の中で目が覚めた。荷を下ろしたかのように体は軽く、熱も下がっているように思う。

冬の朝を感じさせる淡く白い光が、窓から入ってきていた。見慣れた朝の風景なのに、今日はやけに印象深く見える。隣を見ると、きれいに畳まれた布団が一式あった。すでに襧豆子は起きているらしいと、寝ぼけた頭でゆっくり理解していく。

やけに家の中が静かに思えて、まさか彼女は帰っているんじゃないか。そんな不安がよぎって、急いで居間を飛びだした。

廊下に出ると、お米の炊きあがる匂いが充満していた。引き寄せられるように厨へ向かうと、心地よい包丁の音が踊っている。底冷えのする、いつもはシンとした厨。こちらに背を向けた想い人が、朝餉の準備をしていた。彼女が鍋をかき混ぜると、味噌の匂いと共に味見を始める。

一つ結びにたすき掛けをした襧豆子の後ろ姿が、一瞬だけ母と重なった気がした。幾度となく夢見ていた光景に、呼吸を忘れてしまいそうだった。近づいて話しかけるのを躊躇うほど、ずっと見ていたくなる。

愛おしくて、壊してしまいそうで。
綺麗で、汚してはいけない。
強くてあたたかい、日だまりのような女の子。ずっと彼女に抱えていた感情だった。


「あ!無一郎くん、おはよう」
包丁の音がやみ、自分に気づいた襧豆子が振り向いた。一つに結ばれた髪が軽やかに揺れる。

「気分どう?朝ごはん食べれる?…っ…!」
笑顔で近づいてくる彼女の手首を掴んで、そのまま抱きしめた。ふわりと香る彼女の匂いと、心を満たしてくれる肌のぬくもり。

答えなんてとっくにでていた。
痣の寿命だとか、短命だとか。そんなこともう考えるのも煩わしくて。そんなことでこの気持ちをなくしてしまえるわけないって。

───もう引き返せないぐらい、彼女のことが好きだって。そんなこともうわかっていたんだ。


「好きだよ。襧豆子」
溢れる想いを言葉にした途端、急に怖くなって抱きしめる力を強めた。
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